2015年07月19日

【本】森茂暁「闇の歴史、後南朝」

「闇の歴史、後南朝 後醍醐流の抵抗と終焉」 森茂暁/角川ソフィア文庫/2013年
(単行本は、角川書店から1997年に刊行)

 1392年の南北朝合一後の南朝勢力の動静と、彼らによる北朝側への抵抗運動などについて著した本。

 室町三代将軍足利義満が主導した明徳の和約により、南北朝時代に長く続いた持明院統と大覚寺統による皇位の両立は、ひとまず解消されることになった。ところが、このときの両統迭立の約束は反故にされ、以後の天皇位は、北朝系の持明院統が独占していくこととなった。このような事態を前にして、南朝側の皇位継承者や遺臣たち(いわゆる後南朝)がどう抵抗し、そしてどのように歴史の闇に消えていったのかを、史料に即しながら丹念に解説したのが本書である。

 南北朝合一が実現した後、応仁の乱の頃まで、後南朝勢力の反抗は散発的に発生した。例えば、南朝最後の天皇となった後亀山上皇の吉野出奔(1410年)、伊勢国司北畠満雅の挙兵(1414年及び1428年)、南朝遺臣が内裏に乱入して三種の神器の一部を奪った禁闕の変(1443年)、応仁の乱の際に山名宗全が南朝の末裔(いわゆる西陣南帝)を担いだ事案(1471年ごろ)などが挙げられる。これらの事件の背景を見ていくと、後南朝の抵抗の動機は、皇位が継承されなかったことへの反発というだけでなく、経済的な困窮状態に置かれたことへの抗議や、室町政権下での勢力争いの中で一方の旗印に担ぎ上げられたことなど、様々な要素が絡み合った結果であることが見て取れる。

 ちなみに、この本を初めて読んだのは単行本刊行当時だったのだが、こういうマニアックなテーマの本が、16年も経って文庫本になっていようとは思わなかった。史料が極めて少なく、登場人物や勢力の末路が明らかでないケースも多い後南朝は、案外、読者のロマンを駆り立てやすいモチーフなのだろうか。東北方面での脇屋義則新田貞方らの抵抗や、河内・大和付近での楠木正勝一族の活動、あるいは、史学的な信憑性は低いが、美作後南朝(植月御所)や三河・遠江方面の後南朝伝説なども、個人的には掘り下げてみたいテーマである。

posted by A at 15:02| 本(歴史) | 更新情報をチェックする

2015年06月28日

【本】浅生鴨「中の人などいない」

「中の人などいない @NHK広報のツイートはなぜユルい?」 浅生鴨/新潮文庫/2015年
(単行本は、新潮社から2012年に刊行)

 ゆるい企業広報ツイッターとして絶大な人気を誇ったNHK広報局(@NHK_PR)の初代担当者が、アカウント運営の舞台裏を明らかにした本。

 親しみやすいツイートで膨大なフォロワーを集めたNHK広報ツイッターの、開設経緯や管理の内情を著した本である。それにしても、ツイートのゆるさとは裏腹に、著者は相当肝の据わった人物なのではないかと思わせられる。あれだけの大組織の顔とも言える広報アカウントを、著者は、お堅い組織イメージにとらわれることなく、自由自在に運営してみせている。アカウントへの批判が容易に会社への批判に転化し、上司や所属部署にも累が及ぶ事態になりかねない環境の中で、これだけ大胆にツイッターの運用を行うことは、生半可な度胸ではできなかったのではないかと思う。このアカウントの成功は、やはり著者個人の柔軟な発想や胆力に負うところが大きく、組織としてこの水準のものを継続していくことは、正直なかなか難しいのではないか。

 本書の最後で、著者は「もう一度、ちゃんと外の人になろうと思った」と述べてNHKを辞職している。組織に勤める人々の中には、さしたる迷いもなく組織の価値観を自分の価値観とし、組織と一体化して振る舞うような人が少なくない(例えば、有名企業に勤めているというだけで大きな顔をするような類の人々)。これに対して、組織に精神的に依存せず、組織の価値観にも容易に同化しない傾向の人も、数としては少ないながら存在するように思う。おそらくは後者のタイプであろう著者が、NHKの看板を掲げ、会社を代表するような立場で活動し続ければ、NHKという組織に所属すること自体に、ある種の倦怠感を覚えることはあり得るのかもしれない。転職という著者の判断は、個人的には自然なものであるように思えた。

posted by A at 12:40| 本(その他) | 更新情報をチェックする

2015年05月31日

【本】磯部定治「只見線物語」

「只見線物語」 磯部定治/恒文社/1989年

 日本一の豪雪地帯を走るローカル線、只見線の全面開通までの経過を描いたノンフィクション。

 福島県の会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶローカル線、只見線の敷設経緯を取り上げた本である。著者が小出町出身で、長く越南タイムズ社の記者を務めたこともあって、主に新潟側からの視点に立った構成となっている。地元の取材を長く続けてきた著者の手によって、地域政治家たちの熱心な建設運動や沿線住民の暮らしの変化などが、臨場感をもって描き出されていて興味深い。

 大正9年に「柳津−小出間の鉄道敷設促進に関する陳情書」が国に提出され、昭和10年に着工した只見線は、戦争資源となる硅石や木材の搬出の目的もあって、まず昭和17年に小出駅〜大白川駅間が部分開通した。この開業は、沿線住民にとっては大きな喜びだった。豪雪の4〜5か月間はバスも通らず、徒歩以外の交通手段がなかった村々にも、大雪をかきわけて毎日汽車が来てくれる。只見線は地域に不可欠な交通手段として機能し、昭和30年代後半には、定員80人程度の客車に350人を詰め込み、3両編成1,000人の乗客で運行することもあったのだそうだ。

 その後、国鉄の赤字ローカル線の廃止議論が喧しくなっていく中で、住民たちは只見線の全線開通を郷土の政治家・田中角栄に託す。折から進みつつあった過疎化を、この全通で打開しようとしたのだった。国鉄の赤字体質が強い批判にさらされる中で、既に大赤字線であった只見線の建設を続行することは、時の権力者である田中の力なくしては到底不可能であったろう。そして、ついに昭和46年に、只見線全通は達成されたのだった。

 ところが、只見線の建設と並行して、沿線地域でも道路の改良・無雪化工事が進められていた。そして皮肉なことに、只見線の全通と時を同じくして、周辺町村にもようやく車社会が到来したのだった。住民たちは只見線の開通に熱狂したが、ちょうどこの全通の時期を境に只見線の乗客はどんどん減り出し、あれほど待望された鉄道路線は、あっという間に住民たちの意識から遠のいていってしまったのである。

 平成23年に発生した豪雨のため、現在、只見線の会津川口駅〜只見駅間の営業は休止されている。この区間の平成21年度の営業係数が6700であり(営業収益約500万円、営業費約3億3,500万円。すなわち、1年間で約3億2,900万円という膨大な赤字)、さらに復旧費用として約85億円を要することが見込まれることもあって、この資料を見ても、JR東日本は再開通に消極的な姿勢であるように思える。この国が水と緑の国であることを強く実感させられる、あの美しい只見線の車窓風景の一部が失われることは本当に残念だけれど、それこそ田中角栄のような横紙破りの政治力でもない限り、復旧への決定打はなかなか見出し難いのかもしれない。

posted by A at 09:48| 本(登山、鉄道、旅) | 更新情報をチェックする

2015年04月29日

【本】大森望・豊ア由美「文学賞メッタ斬り!」

「文学賞メッタ斬り!」 大森望・豊ア由美/ちくま文庫/2008年
(単行本は、PARCO出版から2004年に刊行)

 評論家・書評家の著者二人が、芥川賞・直木賞といった大どころから地方の無名文学賞まで、有象無象の文学賞について遠慮なく論評した一書。

 刊行当時によく売れ、人気シリーズにもなった文学賞評論本である。元々の執筆目的は、世間に数多存在する文学賞の紹介・解説だったらしいけれど、各賞の選考過程や選考委員の実態についても容赦なく筆誅が加えられており、むしろそうした毒舌の方が面白い。石原慎太郎や宮本輝、津本陽といった大作家に威厳のない渾名をつけたり、「文学が読めていない」「そもそも候補作を読まずに選考している」などという身も蓋もない講評が行われたりしていて、よくこんなことを公刊本で書けたな、と感心させられるばかりだ。

 読者の側としても、大御所や新進気鋭の作家たちがバッサバッサと切り捨てられていく有様を見ると、なんとなく根拠のない優越感に浸ることができて楽しい。そうした密かな悦びも、この本をヒットさせた理由の一つなのかもしれない。ただ、クリエイティブな才能など全くない私のような読者が、産みの苦しみを引き受けながら執筆をつづけている小説家たちを、馬鹿にする資格など本来ないのかもしれない。愉快な気分で読めた本だけれど、なんとなくほろ苦い読後感もないわけではなかった。

posted by A at 23:07| 本(その他) | 更新情報をチェックする

2015年04月04日

【本】斉藤光政「偽書「東日流外三郡誌」事件」

「偽書「東日流外三郡誌」事件」 斉藤光政/新人物文庫/2009年
(単行本は、新人物往来社から2006年に刊行)

 戦後最大の偽書事件と言われる、「東日流(つがる)外三郡誌」事件の追及過程を詳述したルポルタージュ。

 かつて東北最奥部に一大政権があり、世界各国との貿易で大いに繁栄したとする偽書、「東日流外三郡誌」の不審な点を丹念に検証し、これが捏造されたものであることを解き明かした作品である。著者は青森県の地元新聞社「東奥日報」の記者であり、同紙上で追及キャンペーンを張り続け、「東日流外三郡誌」が偽書であるという評価の定着に大きな貢献を果たしている。

 この「東日流外三郡誌」は、膨大な「古文書」がなぜか発見者の和田喜八郎と同じ筆跡で書かれている、「古文書」になぜか近年の歴史研究の成果が反映されている、文書の中に最近の言葉遣いで書かれた箇所がある、「こんな内容の文書があったらいいのに」という注文を受けたら本当にそういう文書が「発見」される、発見者の和田が頑として文書の原本を公表せず、文書の発見場所にも立ち入らせないなど、どこからどう見てもいかがわしい代物である。そんな怪しい文書が広い支持を集めてしまったのは、本書でも言及されているように、その内容が魅力に富むものだったためだろう。かつて大和朝廷の侵略の対象となった東北地方にも、実は大和にひけを取らないグローバルな政権が繁栄していたというストーリーは、著者の言うとおり、確かに一部の東北人の心の隙間に入り込むものであったに違いない。

 しかし、いくら過去の歴史が美しく都合の良いものであることを願ったとしても、捏造された事実を振り回すような行為に手を染めれば、自らの主張・言動への信頼を失うばかりか、誤解して同調した支持者の見識にも疑問符が付けられることになり、結局、自他にとって有害な結果しか招き得ない。このような、事実の歪曲者に向き合う心構えを、「東日流外三郡誌」の疑惑追及の急先鋒に立った元産能大学教授・安本美典は、以下のように説いている。

「私たちは、ともすれば、優しい心をもつ。だれに対してでも、優しくありたいと願う。そして、ともすれば、常識性のなかで、ことを判断し、処理したいと願う。できれば、あらそわずに、事をおさめたいと願う。しかし、この優しい精神は危険である。常識性を、はじめから無視する人、あらそいを厭うよりもむしろ好む人は、この優しさに乗じて、人心を支配する。優しさのゆえに、沈黙してはならない。独断と、歪曲と、ゆえなき批判攻撃とに、真実にいたる道をゆずってはならない」

posted by A at 14:38| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする