2015年08月16日

【本】新井信太郎「雲取山に生きる」

「雲取山に生きる ランプとともに30年余の山暮し」 新井信太郎/実業之日本社/1988年

 東京都最高峰・雲取山(2017m)の山頂に位置する山小屋、雲取山荘の主人によるエッセイ集。

 1960年から2013年まで、実に50年以上にわたって雲取山荘の管理人を務めた著者による、雲取山にまつわる随想録である。戦前の山小屋設置の経緯から、自分が山荘の主人を引き継ぐことになった成り行き、山小屋での暮らし、山の動植物、雲取山に縁のある人々など、多岐にわたる記録や所感が綴られていて、山歩きを趣味とする人にとっては大いに興味を惹かれる一冊になっている。

 中でも、富田治三郎氏をめぐる記述は注目に値する。雲取山荘の初代管理人にして、鎌を持って山を歩いたことから「鎌仙人」の愛称でも知られた富田氏の人となりや、山小屋管理の様子、富田新道開拓のエピソードなどが収録されており、奥秩父山岳史の観点からも貴重な記録ではないかと思われる。ところで、この富田氏に関しては、以前「山と高原地図 奥多摩」(昭文社)の付録冊子に、秋山平三氏の手による「山小屋の番人 鎌仙人――富田治三郎のこと」という秀逸なエッセイが掲載されていた。近年の版には載らなくなってしまったようだけれど、この小品も、山で生きる人間の厳しさと優しさを見事に描いた名作であり、どこかで再録されないものかと思う。

 都心から比較的アプローチしやすい雲取山荘は、なんとなくいつも混んでいそうな印象があり、私自身は雲取山には日帰りでしか登ったことがない(荷物が軽かったので、鴨沢バス停から往復6時間半で行けた)。同じく新井氏が山暮らしの日々を描いた随筆、「雲取山のてっぺんから」(けやき出版、1994年)や、「雲取山よもやま話」(さきたま出版会、1996年)を読む限りでは、平日であれば山荘への宿泊者は少なく、冬になると、何日も登山者が訪れないこともあるのだという。現在では新井氏の御子息が山荘の管理人を引き継がれているようだけれど、一度、山小屋泊を目当てに雲取山に登ってもいいかなと思えた。

2015年07月19日

【本】森茂暁「闇の歴史、後南朝」

「闇の歴史、後南朝 後醍醐流の抵抗と終焉」 森茂暁/角川ソフィア文庫/2013年
(単行本は、角川書店から1997年に刊行)

 1392年の南北朝合一後の南朝勢力の動静と、彼らによる北朝側への抵抗運動などについて著した本。

 室町三代将軍足利義満が主導した明徳の和約により、南北朝時代に長く続いた持明院統と大覚寺統による皇位の両立は、ひとまず解消されることになった。ところが、このときの両統迭立の約束は反故にされ、以後の天皇位は、北朝系の持明院統が独占していくこととなった。このような事態を前にして、南朝側の皇位継承者や遺臣たち(いわゆる後南朝)がどう抵抗し、そしてどのように歴史の闇に消えていったのかを、史料に即しながら丹念に解説したのが本書である。

 南北朝合一が実現した後、応仁の乱の頃まで、後南朝勢力の反抗は散発的に発生した。例えば、南朝最後の天皇となった後亀山上皇の吉野出奔(1410年)、伊勢国司北畠満雅の挙兵(1414年及び1428年)、南朝遺臣が内裏に乱入して三種の神器の一部を奪った禁闕の変(1443年)、応仁の乱の際に山名宗全が南朝の末裔(いわゆる西陣南帝)を担いだ事案(1471年ごろ)などが挙げられる。これらの事件の背景を見ていくと、後南朝の抵抗の動機は、皇位が継承されなかったことへの反発というだけでなく、経済的な困窮状態に置かれたことへの抗議や、室町政権下での勢力争いの中で一方の旗印に担ぎ上げられたことなど、様々な要素が絡み合った結果であることが見て取れる。

 ちなみに、この本を初めて読んだのは単行本刊行当時だったのだが、こういうマニアックなテーマの本が、16年も経って文庫本になっていようとは思わなかった。史料が極めて少なく、登場人物や勢力の末路が明らかでないケースも多い後南朝は、案外、読者のロマンを駆り立てやすいモチーフなのだろうか。東北方面での脇屋義則新田貞方らの抵抗や、河内・大和付近での楠木正勝一族の活動、あるいは、史学的な信憑性は低いが、美作後南朝(植月御所)や三河・遠江方面の後南朝伝説なども、個人的には掘り下げてみたいテーマである。

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2015年06月28日

【本】浅生鴨「中の人などいない」

「中の人などいない @NHK広報のツイートはなぜユルい?」 浅生鴨/新潮文庫/2015年
(単行本は、新潮社から2012年に刊行)

 ゆるい企業広報ツイッターとして絶大な人気を誇ったNHK広報局(@NHK_PR)の初代担当者が、アカウント運営の舞台裏を明らかにした本。

 親しみやすいツイートで膨大なフォロワーを集めたNHK広報ツイッターの、開設経緯や管理の内情を著した本である。それにしても、ツイートのゆるさとは裏腹に、著者は相当肝の据わった人物なのではないかと思わせられる。あれだけの大組織の顔とも言える広報アカウントを、著者は、お堅い組織イメージにとらわれることなく、自由自在に運営してみせている。アカウントへの批判が容易に会社への批判に転化し、上司や所属部署にも累が及ぶ事態になりかねない環境の中で、これだけ大胆にツイッターの運用を行うことは、生半可な度胸ではできなかったのではないかと思う。このアカウントの成功は、やはり著者個人の柔軟な発想や胆力に負うところが大きく、組織としてこの水準のものを継続していくことは、正直なかなか難しいのではないか。

 本書の最後で、著者は「もう一度、ちゃんと外の人になろうと思った」と述べてNHKを辞職している。組織に勤める人々の中には、さしたる迷いもなく組織の価値観を自分の価値観とし、組織と一体化して振る舞うような人が少なくない(例えば、有名企業に勤めているというだけで大きな顔をするような類の人々)。これに対して、組織に精神的に依存せず、組織の価値観にも容易に同化しない傾向の人も、数としては少ないながら存在するように思う。おそらくは後者のタイプであろう著者が、NHKの看板を掲げ、会社を代表するような立場で活動し続ければ、NHKという組織に所属すること自体に、ある種の倦怠感を覚えることはあり得るのかもしれない。転職という著者の判断は、個人的には自然なものであるように思えた。

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2015年05月31日

【本】磯部定治「只見線物語」

「只見線物語」 磯部定治/恒文社/1989年

 日本一の豪雪地帯を走るローカル線、只見線の全面開通までの経過を描いたノンフィクション。

 福島県の会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶローカル線、只見線の敷設経緯を取り上げた本である。著者が小出町出身で、長く越南タイムズ社の記者を務めたこともあって、主に新潟側からの視点に立った構成となっている。地元の取材を長く続けてきた著者の手によって、地域政治家たちの熱心な建設運動や沿線住民の暮らしの変化などが、臨場感をもって描き出されていて興味深い。

 大正9年に「柳津−小出間の鉄道敷設促進に関する陳情書」が国に提出され、昭和10年に着工した只見線は、戦争資源となる硅石や木材の搬出の目的もあって、まず昭和17年に小出駅〜大白川駅間が部分開通した。この開業は、沿線住民にとっては大きな喜びだった。豪雪の4〜5か月間はバスも通らず、徒歩以外の交通手段がなかった村々にも、大雪をかきわけて毎日汽車が来てくれる。只見線は地域に不可欠な交通手段として機能し、昭和30年代後半には、定員80人程度の客車に350人を詰め込み、3両編成1,000人の乗客で運行することもあったのだそうだ。

 その後、国鉄の赤字ローカル線の廃止議論が喧しくなっていく中で、住民たちは只見線の全線開通を郷土の政治家・田中角栄に託す。折から進みつつあった過疎化を、この全通で打開しようとしたのだった。国鉄の赤字体質が強い批判にさらされる中で、既に大赤字線であった只見線の建設を続行することは、時の権力者である田中の力なくしては到底不可能であったろう。そして、ついに昭和46年に、只見線全通は達成されたのだった。

 ところが、只見線の建設と並行して、沿線地域でも道路の改良・無雪化工事が進められていた。そして皮肉なことに、只見線の全通と時を同じくして、周辺町村にもようやく車社会が到来したのだった。住民たちは只見線の開通に熱狂したが、ちょうどこの全通の時期を境に只見線の乗客はどんどん減り出し、あれほど待望された鉄道路線は、あっという間に住民たちの意識から遠のいていってしまったのである。

 平成23年に発生した豪雨のため、現在、只見線の会津川口駅〜只見駅間の営業は休止されている。この区間の平成21年度の営業係数が6700であり(営業収益約500万円、営業費約3億3,500万円。すなわち、1年間で約3億2,900万円という膨大な赤字)、さらに復旧費用として約85億円を要することが見込まれることもあって、この資料を見ても、JR東日本は再開通に消極的な姿勢であるように思える。この国が水と緑の国であることを強く実感させられる、あの美しい只見線の車窓風景の一部が失われることは本当に残念だけれど、それこそ田中角栄のような横紙破りの政治力でもない限り、復旧への決定打はなかなか見出し難いのかもしれない。

2015年04月29日

【本】大森望・豊ア由美「文学賞メッタ斬り!」

「文学賞メッタ斬り!」 大森望・豊ア由美/ちくま文庫/2008年
(単行本は、PARCO出版から2004年に刊行)

 評論家・書評家の著者二人が、芥川賞・直木賞といった大どころから地方の無名文学賞まで、有象無象の文学賞について遠慮なく論評した一書。

 刊行当時によく売れ、人気シリーズにもなった文学賞評論本である。元々の執筆目的は、世間に数多存在する文学賞の紹介・解説だったらしいけれど、各賞の選考過程や選考委員の実態についても容赦なく筆誅が加えられており、むしろそうした毒舌の方が面白い。石原慎太郎や宮本輝、津本陽といった大作家に威厳のない渾名をつけたり、「文学が読めていない」「そもそも候補作を読まずに選考している」などという身も蓋もない講評が行われたりしていて、よくこんなことを公刊本で書けたな、と感心させられるばかりだ。

 読者の側としても、大御所や新進気鋭の作家たちがバッサバッサと切り捨てられていく有様を見ると、なんとなく根拠のない優越感に浸ることができて楽しい。そうした密かな悦びも、この本をヒットさせた理由の一つなのかもしれない。ただ、クリエイティブな才能など全くない私のような読者が、産みの苦しみを引き受けながら執筆をつづけている小説家たちを、馬鹿にする資格など本来ないのかもしれない。愉快な気分で読めた本だけれど、なんとなくほろ苦い読後感もないわけではなかった。

posted by A at 23:07| 本(その他) | 更新情報をチェックする