2019年02月24日

【本】藤代三郎「戒厳令下のチンチロリン」

「戒厳令下のチンチロリン」 藤代三郎/角川文庫/1992年
(初版は、1982年に情報センターから刊行)

 昭和40年代後半から50年代前半にかけて、ある出版社の個性的な社員達が精力的にギャンブルに励む日々を描いたエッセイ。

 「本の雑誌」の編集者を務め、椎名誠の「あやしい探検隊」の主要メンバーでもあった目黒考二が書き下ろした、ギャンブルにまつわる軽めの散文集である。著者は、藤代三郎名義で競馬関係の作品を発表しているほか、本名の目黒考二で私小説を、北上次郎名義でミステリ・冒険小説の評論を刊行しており、非常に多才な人物である。ちなみに本書の書名は、昭和54年の東京サミットで厳しい警戒下にあった四谷で、著者たちがこっそり会社のビルに籠もり、チンチロリン(サイコロの出目を賭ける博打)に興じていたエピソードにちなむものである。

 大学を出て以来、10社近くの会社を転々としていた(そのうち9社は3日で辞めた)著者は、新聞の求人広告を見て、今度は実話系週刊誌や漫画週刊誌を作っていた小さな出版社に就職する。この会社の様子が本書に描かれているが、これが以下のような凄まじい会社だった。

「朝一〇時に出社すると、二、三人ずつのグループにわかれ、会社近くの喫茶店に行き、昼まで雑談。午前中に仕事をしている人の姿をとうとう最後まで見たことがない。昼に社に戻ると、『お、めしの時間か』と昼食に出て、今度は食後のコーヒー。たいてい仕事にとりかかるのは二時か三時だ。
 六時になると『軽くつまむか』と雀荘に急ぐのがコースだったが、週の半分は『早く始めりゃ早く帰れるしな』と食後のコーヒーから雀荘に直行。なに早く帰れるわけがない。いつも終電か、三度に一度は徹夜である。
 土曜は朝から夕方までラジオの競馬中継がオフィスに流れ、まず仕事にならない。おいらはその会社に六年間在籍したが、麻雀と競馬をやりに通ったという記憶以外、いったい、いつ仕事をしていたのかとなると、まるで覚えていない」

 いくら高度経済成長期で、「極端に言えば何でもいいから印刷してあれば売れた」と著者が述べるような時代だったとはいえ、さすがにこれは大丈夫なのかと思わざるを得ない。この居心地の良い会社に、著者は結局6年も在籍することになるが、昭和50年代に入って景気が傾いてくると、案の定この会社はあっさり潰れてしまう。そして社員たちは別の職場を探し求め、著者自身は新しい事業(文中では明言されていないが、「本の雑誌」のことか)を興していくことになるのだった。

 そうした気楽で不安定な環境の中で、著者やアクの強い同僚達が競馬・麻雀・チンチロリンなどのギャンブルに励む様子が、本書には詳しく描かれている。徹夜続きの無軌道な暮らしぶりや、荒唐無稽な馬券の買い方、そして彼らの一風変わった人生模様などが、当時の競走馬のレースぶりとともに屈託なく綴られている。私自身はこの頃の競馬を知らないが、著者が勝ち負け度外視で思い入れのある馬の馬券を買う様子などを見て、「そうそう、競馬ってこういう楽しみがあるよな」という雰囲気を改めて思い出した。

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2016年12月23日

【本】pha「持たない幸福論」

「持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない」pha/幻冬舎/2015年

 定職に縛られず、毎日を自由に暮らす著者が、「働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない」という自らの人生観を解説した本。

 本書の著者は、京都大学卒業後、数年間勤めた大学法人を辞め、その後は特定の就職先を持たずに日々を過ごしている方である。「できるだけ働かずに生きていきたい」という考えの下に、マイペースに暮らす自分自身を、著者は「ニート」と呼んでいる。しかし、インターネット経由で(最低限ではあるが)収入を得ていて、ブロガーとしても広い支持を集め、さらには数冊の本も出版されている事実を見ると、著者は、一般的なイメージの「ニート」とは少し異なる人であるようにも思える。適当な表現が見つからないが、才能ある高等遊民、とでも言うべきだろうか。

 また、著者は、IT関係の技能を持った無職の人々が共同生活を送る「ギークハウスプロジェクト」を提唱し、これが発端となって、全国各地にギークハウス開設の動きが広がっている。個人的に、しばらく前からこちらのギークハウスのブログを拝見しているのだけれど、地方都市特有のゆるやかな空気感が感じられて、ここでの暮らしをちょっと羨ましく思っている(もちろん、このブログに書かれざる不便などもあるのだろうけれど)。こうしたギークハウスは、人生の次の展開に向けて自分を再整理する人たちにとっての、一種のセーフティネットとしても有意義なシステムではないかと思う。著者自身が自覚されているかどうか分からないけれど、著者はプランナー、あるいはオルガナイザーとしても、非凡な能力の持ち主であるように見える。

 とはいえ、著者の「できるだけ働きたくない、家族は不要、稼ぎは最小限で構わない」という独特な哲学は、やはり普遍的なものではないのだろう。こうした価値観に違和感を持つ人は、決して少なくないのではないか。私自身は、著者の考え方には結構共感する方だけれど、定職や家庭を持つ選択肢をすっかり放棄してしまうのは、さすがにちょっとハードルが高いなと思う。

 ただ、本書に示される著者の人生観に同感しないとしても、自らと異なるユニークな考えに触れることは、その反射的効果として、現在の自分の価値観を見つめ直させるものである。また、この本には、「人間は一人でいるとときどき偏ったり狂ったりしてしまうから、友人という自分の意見をチェックしてくれる機構が必要だ」とか、「擬似的な『小さな死』をときどき死ぬことでガス抜きをして、本当に死んでしまうことをできるだけ避ける」などといった、日々の生活を送る上での有益な気付きも多く含まれている。著者の主張そのものには賛否両論あるのかもしれないけれど、それを踏まえても、本書は一読に値する一冊ではないかと思う。


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2016年10月29日

【本】「文藝別冊 総特集ゆうきまさみ 異端のまま王道を往く」

「文藝別冊 総特集ゆうきまさみ 異端のまま王道を往く」 河出書房新社/2015年

 漫画家ゆうきまさみのデビュー35周年を記念した特集ムック。内容は、本人の3万字インタビュー、有名作家らの特別寄稿、鼎談2本(羽海野チカ・荒川弘・ゆうきまさみ、とまとあき・川村万梨阿・ゆうきまさみ)、脇役キャラ名鑑、主要作品解説、作品年表など。

 かなり充実したコンテンツの、ゆうきまさみ特集本である。自らの漫画家人生を振り返ったロングインタビューを始め、読み応えのある記事が多く、長年の読者の方にとってはたまらない内容なのではないかと思う。私自身は、十代の頃に「究極超人あ〜る」を猛烈に愛好したものの、その他の作品は「パトレイバー」と「じゃじゃ馬」を通読したことがある程度なので、熱心なゆうきまさみファンを名乗ることはとてもできない。そんなライトなファンにとっても、なかなか興味深い一冊だった。

 個人的に面白かった記事は、ゆうきまさみ・とまとあき・川村万梨阿によるスペシャル鼎談だ。1970年代後半に、東京・江古田にあった喫茶店「まんが画廊」で、同好の士たちがアニメについて語り合ったり、アニパロ(今で言う「二次創作」みたいなものか)に精を出したりする様子が赤裸々に語られていて、漫画家ゆうきまさみの原点を見たような気がした。この「まんが画廊」は、小さな喫茶店だったにもかかわらず、他にも有名漫画家になった人などが出入りしていたのだそうだ。同じベクトルを持った人たちは、集まるべき場所に集まるものなのだな、と思った。


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2016年05月29日

【本】糸井重里ほか編「あるとしか言えない」

「あるとしか言えない 赤城山徳川埋蔵金発掘と激闘の記録」 糸井重里&赤城山埋蔵金発掘プロジェクトチーム編/集英社/1993年

 「あるとしか言えない」という書名と、糸井重里の名を見てピンときた方は、おそらく30代後半以上の方ではないか。1990年代初期に、TBSのテレビ番組「ギミア・ぶれいく」で放送された、徳川埋蔵金発掘プロジェクトの経緯をまとめたのが本書である。やけに勇壮なテーマ曲をバックに、ユンボが深い穴を掘り返す映像を、私も子供心に見た記憶がある。

 本書によれば、元々この埋蔵金発掘プロジェクトは、番組制作会社のプロデューサーたちが「超能力者が埋蔵金を探すような番組を作ったら面白いね」などということを、飲み屋のバカ話で思いついたあたりから話が始まったのだそうだ。TBSがこの企画に乗ったため番組作りはスタートしたが、制作会社はまずメインキャスターを誰にするかで悩むことになる。「企画が企画だけに、普通のタレントさんじゃ軽くなりすぎるし、そうかと言って学者の先生じゃ堅すぎる」ということで、彼らは駄目元で、多彩な分野で活躍する糸井重里にオファーを出す。すると、大抵の仕事は断っていた多忙な糸井は、たまたま群馬県前橋の出身だったこともあり、「ひさびさに地元に帰って、超能力者と赤城山をぶらぶらするのもおもしろい」といった軽い気持ちでこの仕事を引き受けたのだった。後にこのプロジェクトにどっぷりのめり込んだ観のある彼も、埋蔵金との最初の出会いは、ごく気軽なものだったのだ。

 そして始まった最初の数回の放送では、当初のコンセプトどおり、わざわざアメリカから超能力者を呼び寄せ、オカルト的な手法で埋蔵金へのアプローチが試みられた。これが「超能力バラエティ番組」として好評を博し、20%近い視聴率を集めることになる。そして超能力者らの言うままに地面を掘り返したところ、地中の洞窟など、埋蔵金の存在を匂わせると言えなくはないような物証が見つかってしまう。このため番組は、重機を導入して本格的に地面を掘り進める成り行きとなり、結果的に気合いの入った「土木番組」の様相を呈していくのであった。

 大方の予想通り、この番組はとうとう埋蔵金を見つけることはできなかった。また、現在よりも番組制作のモラルがおおらかだった時代でもあり、もしかすると番組の展開には、多少の「やらせ」の要素もあったのかもしれない。ただ、こうした荒唐無稽な夢にはある種の抗いがたい魅力があり、ついついチャンネルを合わせてしまう番組でもあった。一向に埋蔵金が見つからないまま迎えた企画終盤の第7回放送でも、実に21.7%もの視聴率を獲得しており、娯楽番組としては十分に成功した例と言えるのだろう。


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2015年11月21日

【本】スピッツ「旅の途中」

「旅の途中」 スピッツ/幻冬舎/2007年

 ロックバンド・スピッツのメンバー4人が、生い立ちからバンド結成、売れない時代、90年代中盤の大ヒットを経て、安定期に入るまでの経緯を振り返った本。

 スピッツのメンバーたちが、自らの来し方を綴った本である。彼らの著書としては、既に「スピッツ」(2001年、ロッキングオン)があり、この本には過去の音楽雑誌の記事やインタビューなどが収録されていて、その当時のバンドの雰囲気が感じられる内容になっている。これに対して、本書「旅の途中」は、2007年時点でのメンバーの記憶を辿りながら、彼らの歴史を振り返った本であり、バンドの足跡をやや俯瞰的に眺めるような構成に仕上がっている。

 本書に盛り込まれたエピソードの数々は、ファンにとっては新鮮な驚きとなるものも少なくないが、個人的に印象に残ったのは、1995年の「ロビンソン」(動画)のヒットにまつわる逸話だ。デビュー以来、スピッツはオリコンの100位チャートにさえ載らない低空飛行が続いたものの、ようやく5枚目のアルバム「空の飛び方」が14位に入った。そして、ボーカルの草野マサムネ自身が「これがスピッツのアルバムが最高に売れた状態だ」と満足し、「そこそこは売れても、ベストテンをにぎわせるようなヒット曲は出ないだろう。それがスピッツらしいポジションだ」と自らの立場をわきまえていたころ、シングル「ロビンソン」が162万枚の大ヒットを記録したのだった。

 このヒットが出たときのエピソードを、草野は次のように綴っている。

「「ロビンソン」が売れているかどうか、渦中にいる俺らにはいまいちピンときていなかった。「ロビンソン」が売れたことを実感したのは、夏の野外イベントのときだ。大阪の万博公園の<FM802 “MEET THE WORLD BEAT’95”>と、福島の<COMING POP’95 “WIND PARK−NARAHA”>に出演したとき、俺たちが「ロビンソン」を演奏したら、数万人のお客さんたちの大合唱になった。あのときは鳥肌が立った。
 ――ほんとにヒットしたんだ」

 「いつものスピッツの、地味な曲だなあ」(草野)という「ロビンソン」でヒットを掴んだことは、彼らにとって、極めて大きな意味を持ったのではないかと思う。自分たちのスタンスを枉げて、無理に売れ線を狙った曲作りをすれば、一時的なヒットを獲得することはできるかもしれないが、魅力的な曲を長く作り続けることはきっと難しかっただろう。途中で色々な試行錯誤はあったものの、結局、自分たちの基本的な姿勢を変えずにヒットに辿り着いたことが、このバンドの息の長い活躍につながったのではないだろうか。

posted by A at 21:15| 本(その他) | 更新情報をチェックする