2019年02月11日

【本】岡田一郎「革新自治体 熱狂と挫折に何を学ぶか」

「革新自治体 熱狂と挫折に何を学ぶか」 岡田一郎/中公新書/2016年

 戦後から1970年代頃にかけて全国各地に誕生した「革新自治体」について、その台頭の背景や功罪、衰退の経緯などを解き明かした本。

 高度経済成長期に各地に出現し、80年代には保革相乗りの流れの中で衰退していった、革新自治体の実態を追った一書である。この革新自治体は、著者自身が述べるように、「福祉に金を使い過ぎたうえに、公務員に甘く人件費がかさみ、財政難を引き起こしたため、有権者の支持を失った」といった総括をされがちである。私自身も全く同じイメージで捉えていたし、さらに言えば、「実務に疎い学者を集票の顔に立てつつ、実権は左派政党関係者の側近が握り、財政規律を顧みない(あるいは、思想的にバイアスのかかった)自治体行政を行っていた」といったような、かなり否定的な印象しか持っていなかった。

 しかし著者は、こうした印象論が実態にそぐわないことを、実例を踏まえつつ丁寧に検証していく。上述の「財政難を引き起こした」という革新自治体のイメージは、主に美濃部都政後半期の失政が植え付けたものであること、京都の蜷川府政や横浜の飛鳥田市政は末期においても財政黒字であったこと、北海道池田町のように財政破綻した自治体を立て直した事例もあることなどを挙げて、必ずしも革新自治体であることが財政の悪化と結び付くものではないことを説く。これらは、サンプルがやや特殊な自治体に偏っているきらいがあり、また池田町に関しては、自治体の革新性というよりも、丸谷金保という名物町長個人の発想力とバイタリティによる部分が大きいようにも思え、こうした著者の主張は直ちに一般化できるものではないのかもしれない。ただ、少なくとも、「革新自治体は財政難をもたらす」という見解に対する一つの反証ではあるのだろう。

 また、著者は、革新自治体が定着・永続しなかった大きな要因として、これらの自治体と中央政党との関わりについて考証している。この辺りの分析は、日本社会党史を専門とする著者の真骨頂であろう。政党と自治体との協力関係は、革新・中道各政党間の対立や言論出版妨害事件への公明党の対処など、さまざまな政治的要素に左右されたことが見て取れるが、何よりも目立つのは、野党第一党である社会党の頼りなさ、先見の明のなさである。革新自治体の台頭の背景を読み切れないばかりか、党派争いに明け暮れて有効な手立てを打てない社会党中央の姿は、正直なところ、その統治能力を疑わせるものと言わざるをえない。高度経済成長の波の中でなおざりにされていた、公害問題や社会福祉などの諸課題を争点化して躍進のきっかけをつかんだ革新自治体が、結果的にその政権を維持できなかったことには、さまざまな理由が挙げられるのだろうが、中央政党からの適切なバックアップを受けられなかったことは致命的な要素であろう。そしてこの点は、地方における野党の連携という観点からすれば、今日にも通底する課題であるのかもしれない。

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2014年06月28日

【本】高畠通敏「地方の王国」

「地方の王国」 高畠通敏/講談社学術文庫/2013年
(初版は、1986年に潮出版社から刊行)

 1980年代前半に、全国の特徴的な選挙区を訪ね、それぞれの土地の選挙事情や住民の政治意識などを描き出したルポルタージュ。

 今となっては懐かしい、中選挙区制度下の選挙模様を浮き彫りにした著作である。その内容は、「越山会の強気と弱気」(旧新潟三区)、「金権王国の深層海流」(千葉)、「最後の社会党王国」(旧北海道五区)、「保守王国の地割れ」(旧鹿児島三区)、「政争王国の十年戦争」(徳島)、「“揺れる湖国”の大政翼賛体制」(滋賀)、「越山会“角さん音頭”の気勢」(旧新潟三区再訪)の7編から成るが、この手の本が好きな人にとっては、これらのタイトルを見るだけでもワクワクするのではないかと思う。

 本書の中では、やはり旧新潟三区を取り上げた2編が特に興味深い内容だが、ここでは旧鹿児島三区を描いた章、「保守王国の地割れ」を取り上げてみる。二階堂進、山中貞則という二人の大物政治家が地盤としたこの選挙区を評して、著者は次のように述べている。

「(大隅)半島中のいたるところに、山中道路、二階堂道路と呼ばれる舗装道が、農道のはてにいたるまではりめぐらされ、田舎都市の鹿屋には国立体育大学が建設され、新大隅開発計画が推進されて、志布志湾には国家の手による大規模な石油備蓄基地の建設が決定されたばかりであることを、人びとは素朴にも自慢するのだった。かの田中角栄の新潟三区には及びもつかないかもしれないが、しかしその次か次の次くらいに大隅半島は位置するのではないかと。
 日本の保守党政治の中にも制度化が進行し、当選回数の多さによる長老支配が確立した今日、この意味で“大物”を育てあげて中央政界に送り出すシステムは、かつての東京一区のような名門選挙区ではなく新潟三区や鹿児島三区のような辺地選挙区にだけ備わっているといえるだろう。そして、辺地選挙区はまた“大物”を育て送りだす必要性を切実に感じてもいるのである。」

 こうした事情を背景に、自民党のベテラン議員たちが安定して当選回数を重ねていく一方で、その間に割って入った、社会党の上西和郎という候補の選挙戦略が目を引く。彼は、地元の高齢者や障害者などからの生活相談に丁寧に対応し、「社会保障のご用聞き」に徹することによって、選挙民の信頼をつかんでいった。そして、ついに5回目の立候補で、7選を目指した自民党第三の候補・橋口隆を追い落として、見事初当選を果たしたのである。

 このような上西の政治手法は、県評の幹部から「選挙は、何千という党員や組合員をふるい立たせて票を獲得してくるものなのだ。(中略)そういうことは地方議員にまかせればいいじゃないか」と言われるなど、必ずしも好評ではない面もあった。しかし、自民党の大物議員たちが地元への利益誘導により強固な後援組織を築き上げていく中で、そこからこぼれ落ちた層をこまめに拾い上げて票に変えていくスタイルは、インパクトには欠けるにせよ、その効果は決して軽視できないものだったのではないか。同じ選挙区内でライバルたちと共生していくためには、各候補に独自の生存戦略が求められ、それが多様な政治家を生み出すことにつながったのだという中選挙区制度の特質を、端的に示す一例ではないかと思えた。

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