2018年10月21日

【本】斎藤環「承認をめぐる病」

「承認をめぐる病」 斎藤環/ちくま文庫/2016年
(初版は、2013年に日本評論社から刊行)

 精神病理学を専門とする大学教授の著者が、さまざまな雑誌などに寄稿した論文や原稿を、1冊の本にまとめたもの。

 精神医療関係の論考を精力的に発表されている著者の、論文アンソロジーとでもいうべき本である。社会全体の風潮やセンセーショナルな事件を、精神分析の切り口から解き明かそうとしたものから、かなり臨床的・専門的な内容のものまで、バリエーションに富んだ原稿がまとめられている。このような、やや取っつきにくい本がそれなりに売れたのは、著者自身が文庫版あとがきで述べるように、(本の内容とは関係のない)表紙の女の子が、かなり魅力的だったからではないかと思われる。正直に言えば、私も表紙で買った。

 本書に収められたさまざまな論文を読むと、比較的平易で読みやすいものや、門外漢には呑み込みづらい難解なものなど、想定する読者層に少なからずブレがあり、やはりちょっと読みにくい。そうした中で、個人的によく理解できたのは、秋葉原無差別殺傷事件の犯人を取り上げた「秋葉原事件 三年後の考察」という一編である。両親から理不尽な虐待を受けて育った犯人が、どのように人生の袋小路に迷い込み、なぜ悲劇的な爆発に至ったのかを、事実関係に即しつつ丁寧に分析している。精神医学の詳しい知見を持ち合わせていないので、著者の分析が専門的にどれほど的確なのかは分からないけれど、少なくとも素人目線で読んだ限りでは、示唆に富んだ考察であるように思えた。

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2015年10月04日

【本】栗原裕一郎「〈盗作〉の文学史」

「〈盗作〉の文学史」 栗原裕一郎/新曜社/2008年

 明治以降の日本文学における盗作事件を幅広く収録し、分析・検証した本。日本推理作家協会賞受賞。

 著者自ら国会図書館に通うなどして拾い上げた古今の盗作事件を、詳しく紹介するとともに、その経緯や背景などを解析した本である。ハードカバー500ページ弱の大変な労作であるが、著者の解説が分かりやすく、かつ面白くて、スムーズに読むことができた。それにしても、これだけの資料を捜索・集積するには、相当な手間と時間がかかったのではないかと思う。「日本文学盗作史」としての本書の資料的価値も、大いに評価すべき点であろう。

 紹介された様々な盗作事件について読んでいくと、創作の苦しみから無意識のうちに他書を引き写してしまったのだろうかと思えるものから、他の作品をほぼそのまま丸写しし、間違って文学賞を受賞してしまった挙句、「受賞の言葉」まで他人のものを丸パクリした大胆な事例まで(賞は当然取り消し)、色々なケースがあって興味深い。その中から、盗作と評価すべきかどうか微妙な事案として、庄司薫の例について考えてみたい。

 本書でも触れられているように、庄司の代表作「赤頭巾ちゃん気をつけて」は、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の模倣ではないかという認識が広く浸透している。その根拠としては、1969年9月2日付の東京新聞の特集で三浦清宏・明大助教授(当時)が指摘しているような、「文体」「数字を具体的に挙げる技法」「「電話に出てくるママ」のようなディテール」「「狂気と童心」の対置」「プロット・人物造形」などといったポイントに関する類似性が挙げられるのだろう。

 そして、これらの相似傾向に鑑みれば、そうした技術的な手法を、庄司がサリンジャー(及びその野崎訳)から借用した側面が全くなかったとは言いづらいのかもしれない。ただ、著者や高田里惠子(「グロテスクな教養」ちくま新書、2005)が「薫くん」のエリート性について言及しているように、この「赤頭巾ちゃん気をつけて」は、「(エリートの)男の子いかに生くべきか」という、ある特殊な階層の若者の人生論といった色彩を濃厚に持つ作品である。この点、成績不良で学校をドロップアウトした少年の彷徨を描く「ライ麦畑でつかまえて」とは、その主題や射程を異にする作品と見るのが自然ではないかと思う。

 そうした事情を踏まえて考えてみれば、庄司の「ただぼくの作品を読んでいただきたい」という反論は、作品の技法論などというテクニカルな(つまり、非本質的な)部分ではなく、両作のテーマ性の大きな違いに着目するよう訴えたいものであったのかもしれない。一方で、彼の反論が妙に抽象的かつ感情的であったのは、批判に対する有効な抗弁材料を持ち合わせていないことを、彼自身が自覚していたためではないかな、というような気もした。

 いずれにせよ、刊行から40年以上を経てなお批評が絶えないという事実は、この「赤頭巾ちゃん気をつけて」という作品が持つ影響力の強さを雄弁に物語るものであろうと思う。そして、本書「〈盗作〉の文学史」は、この作品に関する論評を精力的に採録・分析しており、その充実した論考は一読に値するものである。

posted by A at 16:35| 本(評論) | 更新情報をチェックする