2010年11月23日

【本】野田知佑「日本の川を旅する」

「日本の川を旅する」 野田知佑/新潮文庫/1985年
(初版は、1982年に日本交通公社から刊行)

 カヌーイストの著者が、日本の川(釧路川、尻別川、北上川、雄物川、多摩川、信濃川、長良川、熊野川、江の川、吉井川、四万十川、筑後川、菊池川、川内川)をカヌー(カヤック)で下った紀行文。第9回日本ノンフィクション賞新人賞受賞。

 「川旅」の愉しさを瑞々しく綴った記録だ。気ままに川を下り、カヌーの上で昼間から酒を飲み、気が向いたら河原にテントを張り、思う存分魚釣りを楽しみ、ワイルドな料理で腹を満たす。自由に川を下る旅、というスタイルがあり得ることすら考えたことがなかっただけに、本書で描かれる「川旅」の様子がとても新鮮で、楽しそうに思えた。

 また、著者は川を下る際に流域の人々と交流を広げ、その模様を丁寧に描写している。地元の川の清冽さを誇りに思う人々、愛する川や地域の歴史を語る人々、鮎釣りの釣果に一喜一憂する人々、過疎化への不安を訴える人々など、1980年前後の各地の住民の肉声が克明に書き記されていて、こちらもとても興味深い。著者については、その旅のスタイルにしばしば注目が集まりがちだけれど、こうした紀行作家としての優れた力量も、見逃せない一面である。

 本書の中で著者は言う。「日本の川を行くのは哀しい。それは失われたものへの挽歌を聴く旅だ。どこの川に行っても「昔はこんなものじゃなかった。もっと美しかった」という嘆きの声を耳にする。」破壊されつつある川への思いが、おそらくその後、著者を自然保護運動に駆り立てた原動力となったのだろう。その政治的な活動には賛否両論あるのかもしれないけれど、少なくとも80年代前半に記された本書は、著者が川を愛する気持ちをストレートに伝える好著である。

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2010年02月13日

【本】ウェストン「日本アルプスの登山と探検」

「日本アルプスの登山と探検」 ウェストン/岩波文庫/1997年
(原著“MOUNTAINEERING AND EXPLORATION IN THE JAPANESE ALPS”は、1896年に英国にて刊行)

 明治時代に宣教師として日本を訪れた英国人、ウォルター・ウェストンが、日本アルプスをはじめさまざまな山に登った記録を綴った本。

 「日本アルプス」の名を内外に知らしめた、ウェストンによる紀行文である。スイスアルプスのマッターホルンなどに登頂した経験を持つウェストンは、19世紀末から20世紀初頭にかけて三度来日し、各地の山々に足跡を残している。本書には、槍ヶ岳、穂高岳、乗鞍岳、笠ヶ岳、白馬岳、常念岳、立山、御嶽山、浅間山などに登った模様が描かれており、それらの山のいくつかは、外国人による初登であった。

 それにしても、ウェストンは驚くべき健脚の持ち主である。例えば本書には、1894年夏、奥飛騨の中尾から穴毛谷を経て笠ヶ岳(2898m)まで日帰りで往復した記録が紹介されている。以前私も笠ヶ岳に登ったことがあるのだけれど、笠新道という登山道がひたすら長くて、随分苦労した思い出がある。まだ登山道もない時代、写真機のような重装備を担いで、困難な行程を往復したウェストン一行の体力と技量には、ただ恐れ入るばかりである。

 また、地理・博物学者の一面も持つウェストンは、登山の際に見た地勢、植生、気候、鉱物などについても詳細な記録を残している。例えば笠ヶ岳の章には、「双六川の谷に落ちこんでゆく左手の斜面は、ほとんど這松で蔽われている」という記述がある。この一文を読んで、100年以上前にウェストンが見た風景と、何年か前に自分が眺めた風景は、ほとんど変わっていないんだなあ、と思えて少し嬉しくなった。

 このほかウェストンは、各地の山々へ出かける途中で目にした、明治中期の日本の習俗をかなり詳しく描写している。記述の分量としては、登山記録よりもむしろこちらの方が多いかもしれない。まだ「文明開化」の波が十分に届いていない山村の宿屋の主人が、初めて会う外国人の著者一行に驚きつつも心づくしのもてなしをして、一行への遠慮から僅かな宿泊料しか受け取ろうとしない様子や、逆に外国人と見て大いに吹っかけてくる人力車の車夫たちなど、当時のさまざまな日本人像が浮き彫りにされていて興味深い。

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2009年12月20日

【本】大穂耕一郎「駅前旅館に泊まるローカル線の旅」

「駅前旅館に泊まるローカル線の旅」 大穂耕一郎/ちくま文庫/2002年
(「駅前旅館は生きている」(のんぶる舎/1996年)を増補・改題したもの)

 「駅前旅館」の宿泊記録と、旅館を取りまく現状を著した本。

 駅前にたたずむ古びた小さな旅館、「駅前旅館」についての本だ。これらの旅館は、一泊二食付でおおよそ6000〜8000円ぐらいで泊まれ、土木工事や測量、工事事務所への出張といった、いわゆるガテン系・技術系の仕事客が主な利用層になっている。鉄道や写真、釣りを趣味とする著者は、東北から関東甲信越にかけての「駅前旅館」を泊まり歩き、その旅行記を本書で紹介している。

 「駅前旅館」に泊まるメリットのひとつは、その食事だろう。たとえば、本書に登場するある旅館の夕食は、マグロの刺身、エビフライ、ホタルイカの塩辛、寄せ鍋(ホタテ、鳥肉、イカ、タラ、豆腐、春雨、ネギ、エノキダケ)、お新香、そしてご飯はうな丼。これで一泊二食6000円、というのはかなり恵まれた例だろうが、「ちゃんとした食事がしたい」という理由でビジネスホテルではなく旅館への宿泊を選ぶ人々がいるだけあって、普通の家庭料理よりはボリュームの多い、しっかりした食事が出される傾向にあるようだ。

 そのほか、畳の部屋で寝られることや大きな湯船の風呂に入れることも「駅前旅館」の特徴だし、著者と宿の主人や他の宿泊客との交流も読んでいて楽しい。自分が一人旅に出かける時には、人付き合いが煩わしくてついビジネスホテルを選んでしまいがちになるのだけれど、本書を読んで、たまには「駅前旅館」もいいかな、という気持ちにさせられた。


(2016.1.24追記)
 2016年現在、本書に登場する旅館のいくつかは、既に廃業したようである。その一方で、食事が「凄まじくおいしかった」と本書で紹介されている、茨城県大洗の「肴屋本店」は、アニメ「ガールズ&パンツァー」に登場し、いわゆる聖地巡礼の対象になっているそうだ。予想外の取り上げられ方だけれど、どんな形であれ、駅前旅館が繁盛するのは素晴らしいことではないかと思う。


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2009年06月20日

【本】牛山隆信「秘境駅へ行こう!」

「秘境駅へ行こう!」 牛山隆信/小学館文庫/2001年

 全国各地の「秘境駅」、すなわち、深い山中や海岸沿いなど人里離れた場所にあって、滅多に利用する人のいないような駅の訪問記。著者のHP「秘境駅へ行こう!」の書籍化。続編として、「もっと秘境駅へ行こう!」が刊行されている(小学館文庫/2003年)。

 「秘境駅」なるものの存在を知ったのは、2001年の終わり頃のことだった。書店で偶然手に取った本書を読み、なんとなく惹かれて、次の週末、「ムーンライトながら」に乗って飯田線という路線に出掛けてみた。それまで手段でしかなかった鉄道を旅の目的に据えるのは、何やら不思議な感じがした。

 初めて降り立った飯田線の小和田という駅は、素晴らしい場所だった。静岡、長野、愛知3県のほぼ境界に位置し、最寄りの民家は徒歩25分、車が通れる道まで徒歩1時間という、いわゆる「駅」の概念からはひどくかけ離れた場所だ。電車が行ってしまうと、人工物の生み出す音は、本当に何も聞こえなかった。自分のほかに誰一人訪れる者のない世界で、次の電車が来るまでの数時間を、ただのんびりと天竜川を眺めて過ごした。

 日常が煮詰まったとき、非日常的な場所に身を置いて日常の世界を見つめ返すと、意外な発見や大きな気分転換を得ることがある。そういう意味で、人の住む世界と自然との境目にある「秘境駅」は、自分の再整理を行うに最適な場所の一つだ。集団で繰り出す旅行よりも、ふらりと一人旅に出掛ける方が性に合うという人には、「秘境駅」めぐりを一つの選択肢としてお薦めしたい。

posted by A at 20:49| 本(登山、鉄道、旅) | 更新情報をチェックする

2009年03月15日

【本】亀畑清隆「北海道廃線駅跡写真集」

「北海道廃線駅跡写真集」 亀畑清隆/柏艪舎/2006年

 今では廃線となった、北海道の瀬棚線、岩内線、万字線、羽幌線、天北線、興浜北線、美幸線、興浜南線、相生線、標津線、根北線の各駅跡を辿った写真集。2005年夏取材。全編モノクロ。

 廃線になって20年近く経ったローカル線の、駅跡の現在を切り取った写真集だ。だだっ広い平原にポツンと残る、かつては駅舎だった廃屋。茂る木々や草にうずもれた、崩れかかったコンクリート製のホーム。再開発が進んだ町の中で、もはや駅があった痕跡すら残っていない場所。一枚一枚の写真が、かつて駅のあった土地の歴史を語りかけるようで、手を止めてじっと見入ってしまう。駅ごとに著者が記した、取材に関するエピソードや丁寧なコメントも、失われた駅を愛する気持ちが伝わってくるようで良い。

 もはや叶わない願いだけれど、天北線という路線には一度乗ってみたかった。音威子府から北海道北部の平原を突っ切り、オホーツク海沿いの小さな町々をつないで、最北の地である稚内に至る長大路線だ。天塩と北見という二つの地名から取った「天北」という路線名も、ひたすらに北を目指すイメージと重なって、どことなく憧れの対象になる。今では他の交通手段で辿るほかないけれど、この写真集でもたびたび見られるような、泣きたくなるほど広く晴れた空や、夏の匂いが立ちこめる草原を車窓から見てみたい気がする。

posted by A at 12:59| 本(登山、鉄道、旅) | 更新情報をチェックする