2019年10月26日

【本】宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」

「ローカルバスの終点へ」 宮脇俊三/洋泉社新書/2010年
(初版は、1989年に日本交通公社出版事業局から刊行)

 1987年から88年にかけて、日本各地のローカル路線バスを終点まで旅し、その土地の雰囲気や泊まった民宿の様子などを綴った旅行記。

 北海道から沖縄まで各地のローカルバスに乗り、それぞれの土地で見た情景や、出会った人々との交流模様を描いた紀行文である。「時刻表2万キロ」や「最長片道切符の旅」のような味わいのある鉄道旅行記で知られる著者の本だけあって、さまざまな地域の特色を丁寧に描写し、旅の楽しさ・奥深さを存分に伝える内容となっている。大いに旅情をかき立てられる一冊である。

 本書の中で訪問先として選ばれているバス路線には、

一 乗車時間は1時間以上
二 行先が有名観光地でないこと
三 行楽や登山シーズンのみ運転の路線は除く
四 著者にとって未知の路線・終点であること

の4条件が課されており、地元の客が日常的に利用するような平凡な路線や、特に見るべきものもないような地味な終点が多く選定される結果となっている。これを裏返すと、昭和末期当時の日本各地のありのままの日常風景を、本書は期せずして描き出すことにつながったとも言えるだろう。ローカルバス路線の終点となるような過疎化が進みつつある土地にも、当時は一定の人口が残っていたことや、多くの場合、仕事客を受け入れる民宿がきちんと営業していたことなどを本書は捉えており、市街地から遠く離れた地域も、現在に比べればまだまだ元気があったことをうかがわせる内容となっている。

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2019年01月26日

【本】上明戸聡「日本ボロ宿紀行」

「日本ボロ宿紀行」 上明戸聡/鉄人文庫/2017年

 日本全国の「ボロ宿」、すなわち、年季の入った趣のある宿に泊まり、その印象を書き綴った本。

 ビジネス書関係のライターを本業とする著者が、全国の「ボロ宿」を訪ね、そこに宿泊した感想や、その土地のひなびた雰囲気などを書き著した本である。各地の古い旅館を泊まり歩いた記録としては、大穂耕一郎の「駅前旅館に泊まるローカル線の旅」という名著が過去に出ているけれど、本書もそれぞれの宿の風情を丁寧に描き出していて、優れた紀行文となっている。全体的に、泊まった宿の長所や見どころを探し、そこで働く人々に敬意を払いながら各々の旅館を捉えており、その点も本書が良い読後感を残す理由となっているのだろう。

 本書に紹介されたそれぞれの宿の中には、地方都市で時折見かけそうなオーソドックスな駅前旅館タイプのものから、強烈な個性を湛える秘境の宿まで、さまざまな性格のものがそろっている。後者のものとして特に印象に残ったのは、北関東・那須湯本のとある旅館である。外観はほぼ廃墟、廊下の壁はぼろぼろにはがれていてホラー小説を想起させるレベル、窓から見える風景は山奥の緑と大きなホテルの廃墟、だけれど泉質は抜群で地元のおっちゃんたちに愛されているという、個人的にも相当惹かれる温泉宿である。こうした特徴ある宿の様子を、時にユーモアを交えつつ、軽妙に綴っていく著者の筆致には、次第になくなりつつある古びた旅館への愛情がこめられていて味わい深い。本書の続編も刊行されているようなので、いずれ読んでみたく思っている。

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2018年10月08日

【本】祐嶋繁一「秘境・南アルプス深南部 逡巡山行記」

「秘境・南アルプス深南部 逡巡山行記」 祐嶋繁一/山と渓谷社/2015年

 南アルプス深南部というマイナーな山域に通い続けた著者が、その登山記録の中から印象的なものをピックアップしてまとめた本。

 1994年から2014年までの21年間で、実に412回の登山を行い、そのうち207回が南アルプス深南部への訪問だったという著者の山行記録集である。まともに登山道もなく、他の登山者にさえ出会わないような原生林の山々を、ただ一人、あるいは気心の知れた仲間と二人だけで歩き続けた記録は、山歩きを趣味とする人にとっては実に興味深い内容である。こうした意欲的な登山を行ってきた著者が、後に静岡エフエム放送の社長・会長という要職を務めている事実も、また驚かされるものである。

 この南アルプス深南部という地域について、著者は、本書の中で以下のような印象を述べている。

「深南部を一言で表現すると、『地味で静かな山域』だ。それはこの山域の置かれた位置によるものだろう。首都圏や関西圏はもちろん、距離的にはそれほど遠くはない中京圏からも、地図で見た以上にアプローチが面倒である。日帰り登山の場合はコースが制限されるし、泊まりの場合は山小屋がないのでテント泊にならざるを得ないことも影響している。高山の花に出会うことも少ない。ともかく地味で渋い山域である。
 ルートは踏み跡が不明瞭なところも多く、はっきりとした尾根歩きならともかく、広い稜線や下りルートでのあいまいな分岐では、ルート選択に相当の注意を要する。また、分岐等の標識はほとんどなく、2万5000分の1地形図、コンパス、高度計の携帯は必須で、常に自分の歩いている位置を把握していることが絶対条件となる」

 このような山域であることから、そもそも南アルプス深南部をメインに取り上げた書籍は珍しく、近年では、永野敏夫氏の著作などごく少数のものに限られている。そうした事情からか、本書の内容も、ルートの様子や所要時間など、登山の参考となるような情報の紹介に重点が置かれている観があり、やや業務的なレポートのような印象もないわけではない。ただ、後に続く登山者にとっては、それこそが貴重な記録であることは言を俟たない。本書に収録された山行記は大変稀少で、かつ実用的なものであり、これを自費出版で世に出した著者の労苦は高く評価されるべきであろう。

 ちなみに私自身は、テント泊装備を担いで、畑薙から茶臼岳(2,604m)、易老渡から光岳(2,592m)に登ったことがある程度で、深南部の核心の山々を歩いた経験は全くない。学生の頃からずっと、この静かな山域を憧れにしているのだが、仕事の多忙さや距離の遠さ、技術の未熟さを言い訳にして、長い間先送りにしたままになっている。本書を読み返しながら、いつかは深南部の山々をじっくり歩いてみたいものだと願っている。

posted by A at 21:33| 本(登山、旅) | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

【本】宮田珠己「四次元温泉日記」

「四次元温泉日記」 宮田珠己/ちくま文庫/2015年
(初版は、2011年に筑摩書房から刊行)

 全国各地の温泉宿、特に、建て増しなどによって迷路化した改造建築の旅館を訪ね歩いた旅行記。雑誌での連載記事を単行本化したもの。

 増築を重ねたユニークな温泉旅館に泊まり、その感想を書きつづったエッセイである。著者自身が、服を脱ぐのも面倒、湯につかるのも退屈という風呂嫌いの人物であり(なぜこんな人に温泉巡りの仕事など依頼したのだろうか)、あまり温泉の泉質などには興味がなさそうな様子で筆が進んでいくが、それぞれの旅館を斜に構えた目線で捉えていく著者のやり方も、それはそれで愉しいものである。

 風呂嫌いにもかかわらず(あるいは、風呂嫌いだからこそ)、著者は、そもそも温泉旅行とは何なのかということを、本書の中で正面から考察しようとしている。この本の冒頭には、以下のような記述がある。

「…温泉なら、ずっと宿にいてもいいのではないか。
 ただ宿でゴロゴロしていても、そこに温泉があれば、温泉に入りにきたのだから宿から出ないでも何も問題はない、という理論が成り立つのではあるまいか。
 そうか、人は温泉に入りに行くのではない。何もしないために、温泉に行くのだ。
 迂闊だった。なんということだ。温泉は、何もしない旅の、大義名分だったのだ。それでみんな温泉温泉と騒いでいたのか。
 温泉不感症の私も、そういうことなら話はわかる」

 こうした発想の下に、著者は全国の温泉を巡りつづけ、ついにはすっかり温泉好きになってしまう。そういった著者の転向に大きな影響を与えたのは、やはり本書に登場する、数々の個性的な温泉旅館であろう。これらの旅館の中で、私自身が訪ねたことがあるのは奥那須の北温泉だけだが、ここの建物はどういうわけか、廊下の壁などに変なもの(日露戦争の作戦地図とか、天狗のお面とか)が沢山ぶら下がっていて、だいぶ面食らった記憶がある。こういった非日常的で風変わりな世界と、上質な温泉を体験しつづければ、著者のように温泉に興味がない人であっても、その認識が変わっていくのは自然な成り行きではないかと思った。

posted by A at 12:15| 本(登山、旅) | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

【本】宮田珠己「旅の理不尽 アジア悶絶篇」

「旅の理不尽 アジア悶絶篇」 宮田珠己/ちくま文庫/2010年
(初版は、1995年に新風舎から刊行)

 当時サラリーマンだった著者が、仕事の合間に海外を旅して回った体験を、ゆるいタッチで綴った旅行記。

 著者の独特な感性が光る、コミカルな旅日記である。アジア諸国を訪ねた経験を、著者一流のユーモアと自虐と皮肉で味付けし、面白おかしい一書に仕立てあげている。テイストとしては、ラジオ番組や雑誌のハガキ職人とか、(少し古いが)人気テキストサイトのようなノリに近いかもしれない。こういったタイプの笑いが好きな人は、本書にもハマるのではないかと思う。

 有名大学を出て、有名企業に就職したはずの著者は、どこで道を踏み外したか、「会社員として当然の権利である有給休暇を取得したり、その他当然じゃない権利もいろいろ取得したり」して、海外を旅しつづけるようになる。旅に魅せられたり、そのまま旅の世界に沈没してしまったりする人は、世の中に一定数いるように思うけれど、そうした旅の楽しさを巧みな表現で伝えられる人は、やはり稀少であろう。著者は、そんな旅の快楽や意義を、多少の毒も織り交ぜながら、ユニークな旅行記としてまとめている。ちょっと読み手を選ぶかもしれないけれど、読んで愉快な本である。

posted by A at 00:23| 本(登山、旅) | 更新情報をチェックする