2018年06月03日

【本】宮田珠己「旅の理不尽 アジア悶絶篇」

「旅の理不尽 アジア悶絶篇」 宮田珠己/ちくま文庫/2010年
(初版は、1995年に新風舎から刊行)

 当時サラリーマンだった著者が、仕事の合間に海外を旅して回った体験を、ゆるいタッチで綴った旅行記。

 著者の独特な感性が光る、コミカルな旅日記である。アジア諸国を訪ねた経験を、著者一流のユーモアと自虐と皮肉で味付けし、面白おかしい一書に仕立てあげている。テイストとしては、ラジオ番組や雑誌のハガキ職人とか、(少し古いが)人気テキストサイトのようなノリに近いかもしれない。こういったタイプの笑いが好きな人は、本書にもハマるのではないかと思う。

 有名大学を出て、有名企業に就職したはずの著者は、どこで道を踏み外したか、「会社員として当然の権利である有給休暇を取得したり、その他当然じゃない権利もいろいろ取得したり」して、海外を旅しつづけるようになる。旅に魅せられたり、そのまま旅の世界に沈没してしまったりする人は、世の中に一定数いるように思うけれど、そうした旅の楽しさを巧みな表現で伝えられる人は、やはり稀少であろう。著者は、そんな旅の快楽や意義を、多少の毒も織り交ぜながら、ユニークな旅行記としてまとめている。ちょっと読み手を選ぶかもしれないけれど、読んで愉快な本である。

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2018年03月04日

【本】伊丹恒「復刻版 幌加内 −厳寒の地の生活鉄路・深名線とともに−」

「復刻版 幌加内 −厳寒の地の生活鉄路・深名線とともに−」 伊丹恒/共同文化社/2011年
(初版は、1996年に刊行)

 かつて北海道に存在したローカル線・深名線と、その沿線に生きる人々の姿を収めた写真集。

 1995年に廃線となった深名線と、その周辺地域の様子を撮影した写真集である。この深名線は、北海道中北部の山中と田園地帯を走る、全長約120kmのローカル線だったが、その7割近くは広大な雨竜郡幌加内町に位置していた。幌加内の町について、本書は以下のように解説している。

「幌加内は東京から1,300km、北緯44度の地に位置する北海道空知支庁管内北端の町であり、石狩川の支流である雨竜川に沿った集落を抱えているため東西に24km、南北に63kmと長細い形をしている。面積は766.65㎢で大阪府の4割にも達する広大なものであるが、そこに住む人口は平成8年5月現在、2,400人という道内でも有数の過疎地帯となっている。周囲を雨竜川の源ピッシリ山をはじめとする1,000m級の山々に囲まれた盆地となる各集落の気候は通年の温度差が70度にもなり、夏は高温多湿、冬は酷寒多雪と非常に厳しく、特に昭和53年に母子里(もしり)で記録された−41.2度という気温は「日本最寒の地」として幌加内の名を一躍有名なものにした。」

 このような過疎地域を走る深名線は、ほとんど乗客がいないことから「空気輸送」などと揶揄され、既に昭和55年の時点で、100円の利益を生みだすのに2,852円の経費を要する大赤字路線となっていた。そうした非効率な深名線が、国鉄末期の廃線ラッシュを生き延び、1995年まで存続した理由は、ひとえに沿線の道路事情の悪さによるものだった。71年間続いた鉄路がついに終焉を迎えたのは、1991年に名母トンネルが開通して、深名線の並行道路がようやく整備された、その4年後のことだった。

 本書は、こうした深名線の情景や、厳寒・豪雪の地で列車運行のために努力する鉄道員たち、質朴な生活を営む沿線住民たちの姿を捉えた写真集である。本書に収められた数々の写真からは、在りし日のローカル線の雰囲気とともに、幌加内に暮らす人々の生活ぶりを窺い知ることができる。写真の中に捉えられた、住民たちの強さや朗らかさ、そして温かさを湛えた表情は、厳しい生活環境の中で、地に足を着けて生きる人々ならではのものなのだろう。そして、この地に愛着を感じ、何度も通い続けた伊丹氏だからこそ、こうした人々の姿を引き出すことに成功したのではないかと思えた。


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2017年11月04日

【本】羽根田治ほか「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」

「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか 低体温症と事故の教訓」 羽根田治・飯田肇・金田正樹・山本正嘉/ヤマケイ文庫/2012年
(初版は、2010年に山と渓谷社から刊行)

 2009年7月に発生した、トムラウシ山遭難事故の実態を詳しく検証した本。

 18名のツアー登山パーティ(ガイド3名含む)のうち、実に8名もの死者を出した、トムラウシ山遭難事故の実像に迫った本である。生還した登山客らの証言を基に、パーティの行動経過を詳細に解き明かすとともに、本事故の検証委員会「トムラウシ山遭難事故調査特別委員会」にも参加した医師などの専門家が、気象・医学・運動生理学の観点から充実した解説を行っている。読み応えのある一冊である。

 本書の中では、やはり第1章「大量遭難」が、最も読者の関心を惹く内容であろう。山岳遭難事故に関して多数の著作があるライターの羽根田治氏が、パーティの生還者を直接取材して貴重な証言を引き出しており、こうした裏付けを積み上げながら、個々の参加者たちの彷徨と生死の経緯を明らかにしている。中には、他者との証言の食い違いが少なからず目立つ人物もいて、まるで芥川の「藪の中」のようだな、という印象を受ける部分もあった。

 また、専門家による解説の中では、医師の金田正樹氏が執筆した第4章「低体温症」が特に興味深かった。山岳事故の実例を多数引用しつつ、医学的な見地から低体温症の実情に迫っており、登山を行う人にとっては大変参考になる内容ではないかと思う。こうした事故では、どうしても犯人探しや責任追及が面白おかしく語られがちだが、既に起きてしまった事故の原因を解き明かし、再発防止につなげることが、何よりも重要であることを忘れてはなるまい。第4章の最後で、金田氏は以下のように述べている。

「今回の遭難報道と事実の間には相違点が多々あった。遭難事故が起きると、メディアは誰の責任かと犯人探しの報道が優先され、時にはバッシングと思われるような書き方までされる。それでは遭難の真相は解明されない。大自然の山のなかで、小さな人間の行動は計算どおりにできるはずはない。気象条件に左右され、その判断の誤りが気象遭難に繋がるのであって、町での事件とは違う。もう少し山の状況を知った上で、事実をきちんと書くべきだろう。人間にミスはつきものである。そのミスを解明し、それを生かし、今後の行動に繋がるようにしなければならない」


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2017年07月08日

【本】山口耀久「山頂への道」

「山頂への道」 山口耀久/平凡社ライブラリー/2012年
(初版は、2004年に平凡社から刊行)

 山岳文芸の世界に携わってきた著者が、1955年から2001年までの間に発表した紀行文や登山評論を、一冊の本にまとめた散文集。

 自らも先鋭的な登山を行うとともに、山の文芸誌「アルプ」の編集委員を最終刊300号まで務めた著者による、登山エッセイ・評論集である。文才豊かな著者は、「アルプ」や「岳人」などで多数の登山批評を執筆してきたほか、山岳文学の重鎮たちとも広い交流を持ち、尾崎喜八や辻まことらの作品解説も行っている。また、深田久弥が代表作「日本百名山」を刊行する際には、深田本人から依頼を受け、同書に掲載する山岳地図も作成している。

 このような著者の文芸活動記録は、在りし日の山岳文学界の雰囲気を知る上でも貴重なものであるが、本書の中で楽しく読めるのは、やはり著者自身の紀行文であろう。本書の前半部分に収録されている登山エッセイは、友人が霧ヶ峰に山荘(コロボックル・ヒュッテ)を開いた話や、健康回復のために芝の愛宕山に通い詰めた話、あるいは、北海道・礼文島で放火騒ぎに巻き込まれた話など、さまざまなバリエーションに富んでいて興趣が尽きない。

 そして、それらの紀行文の中で特に目を惹くものとして、10代後半の戦中の頃に、神奈川県の丹沢山域に通い続けた話が挙げられよう。ひどい食糧難の中、投宿した西丹沢の民家でもらった貴重なふかし芋を携えて、難しい沢に果敢に挑む記録は、瑞々しさにあふれていて新鮮な印象を残すものである。こうした随筆にも表れている著者の優れた感性が、個性派が顔を揃えた戦後の山岳文学の世界の中で、「アルプ」に重要な結節点の役割を果たさせたのではないかと思う。


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2017年03月12日

【本】鬼窪善一郎 語り「新編 黒部の山人 山賊鬼サとケモノたち」

「新編 黒部の山人 山賊鬼サとケモノたち」 鬼窪善一郎 語り・白日社編集部 編/山と渓谷社/2016年

 戦前から平成初期にかけて、北アルプスの黒部源流地域を舞台に、猟師やボッカ、ガイドなどの山仕事で生計を立てた人物のオーラルヒストリー。

 登山黎明期の北アルプスを描いた名著「黒部の山賊」にも、「山賊」の一人として登場している、鬼窪善一郎氏の赤裸々な口述記録である。長野県北安曇郡に生まれた鬼窪氏が、貧しい暮らしの中で職を転々とした後、山に関わりながら生きていく人生行路が、非合法な密猟行為のことなども含めて率直に語られている。かなり濃厚な方言で綴られているので、少し読みづらい部分はあるが、そのぶん臨場感にも満ちあふれた本である。

 本書の冒頭部分では、まず鬼窪氏の前半生や、昭和10〜20年代に彼が携わった数々の遭難救助の模様が描写されている。ヘリコプターもない時代に、どのように疲労した登山者を救出し、また、どのように山で遺体を処理したのか、彼の証言はかなり生々しく、ややショッキングでもある。そうした証言の中には、礼節を欠いた被救助者に対する非難の口吻も含まれているが、北鎌尾根のような危険な場所での救助活動にも骨身を惜しまなかった彼の言葉は、耳を傾けずにはいられない重みを持つものであろう。

 そして、本書の後半では、北アルプスでのクマやカモシカなどの猟の実態が、極めて細密に語られている。極寒と豪雪の中での狩猟記録を読むと、山の達人であるはずの鬼窪氏でさえ、すんでのところで何度も命を拾っていることが分かる。鬼窪氏の名前も出てくる山本茂実の著作「喜作新道」(角川文庫)では、彼以上の名猟師とも言える小林喜作の遭難死の模様が詳しく描かれているが、彼らのような熟練の猟師ですら、その生死は運に左右される面があったのだろう。猟とはこんなに危険な営みなのか、ということを改めて印象付けられた一書だった。


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