2009年08月02日

【本】佐橋滋「異色官僚」

「異色官僚」 佐橋滋/ダイヤモンド社/1967年
(現代教養文庫版(1994年)で読みました)

 元通産省事務次官の回顧録。著者は、小説「官僚たちの夏」(城山三郎)の主人公、風越信吾のモデルとなった人物。

 戦後の混乱期を抜け、日本経済が力強く成長していく過程において、さまざまな課題に豪腕を振るった通産官僚の自伝である。紙や綿の統制撤廃、石炭局や重工業局、企業局で生じる問題などを、自ら率先して次々に片付けていく様子からは、著者は非常に仕事のできる人だという印象を受ける。荒削りで野太い文章も、著者の開放的な人柄を表しているようで、読んでいて爽快な本だ。

 しかし、経済成長が軌道に乗って産業規制の意義が次第に薄れ、また著者自身の役職が上がるにつれて、いくつかの影が著者を覆うようになる。「官僚たちの夏」では、著者たちが取り組んだ特定産業振興臨時措置法(小説中では指定産業振興法)をめぐる経過が劇的に記されているが、その後の日本経済の発展を見れば、これがぜひ必要な法律であったかと問われると、疑問符を付ける向きもあるようである。通産省が各種の規制権限を失っていく中で、この法律により自らの存在感を高めようとした側面もあったのではないか。

 また、人事に関しても、著者は文中で「僕は人間というものに非常に興味を持っている」と語り、学生の採用の要諦などを述べている。しかし、アクの強い著者による専断的な人事の結果、大きな派閥対立が生じ、平成の「4人組事件」までその影響を引きずってしまったことは、通産省にとっても大きな損失だったと言えるだろう。戦後経済の混乱という一種の「乱世」において大いに必要とされた著者の腕力や個性も、社会が平時に移り変わるにつれて、次第に負の面が目立つようになったのではないだろうか。

 ところで著者は、本書の冒頭4分の1(文庫本で約70ページ弱)を、幼少期から軍隊の務めを終えるまでの期間の記述に充てている。腕白な子供時代、東海中学・八高での個性的な学生時代、「優取り戦術」に知能を発揮した帝大時代、「前畑ガンバレ」で有名な前畑(兵藤)秀子の夫君・兵藤正彦軍医と組んで中支戦線で活躍した軍隊時代など、人間としての佐橋滋を最も濃厚に描写しているのは、むしろこの時代の内容かもしれない。努力家で率直で、そして理不尽な事柄に対する反抗心を忘れない著者の魅力を、余すところなく伝えている。

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2009年06月14日

【本】ジョン・ロルフ、ピーター・トゥルーブ「サルになれなかった僕たち 〜なぜ外資系金融機関は高給取りなのか〜」

「サルになれなかった僕たち 〜なぜ外資系金融機関は高給取りなのか〜」 ジョン・ロルフ、ピーター・トゥルーブ/主婦の友社/2007年
(2001年に主婦の友社から刊行された単行本「ウォールストリート 投資銀行残酷日記」を改題・文庫化したもの)

 ハーバード大、ペンシルベニア大のビジネススクールでMBAを取得し、一流投資銀行に就職した著者二人が、その内幕に幻滅し、退職するまでを描いた本。

 投資銀行のアソシエイトとして数年を過ごした著者たちが、その悲惨な勤務実態を赤裸々に綴った本である。曰く、ろくに活用されないのに作らなければならない膨大なプレゼン資料。その資料に対する、上司による無意味で理不尽な字句修正の山。資料作りの過酷なタイムリミットに応えるため、午前二時や五時、ひどいときは七時まで働かされ、それが週7日続く労働環境。中身の無い資料を見栄え良くするために、デザインや印刷に注ぐ無駄な労力。コピーや製本を担当するスタッフに気を遣い、時には付け届けまでしなければ資料が完成しない非能率な事務システム。そうして出来上がった資料は、収益の見通しが立たない企業への出資を勧める詐欺まがいのもの。投資資金を集めるためにこなす、物理的にも精神的にも過酷な出張の数々。そして、こうした環境で長年過ごしたため、人格まで破綻してしまった上司たち――。

 このような厳しい労働への対価として、著者たちは20万ドルを軽く超える高年俸を手にしている。しかし、仕事をする上でのこうした理不尽な側面は、どのような企業に就職しても、程度の差こそあれ直面しなければならない現実なのではないか。投資銀行で働いた経験はないが、この本を読みながら、どうも既視感に捉われてならなかった。

 また、著者らの描写が真実であれば、彼らが在籍した投資銀行の業務には非常に無駄が多く、効率化の余地がいくらでもある。その気になれば容易に改善できそうなものを、この銀行はなぜしないのか。あるいは、先に法外な報酬相場が出来上がってしまって、そのような報酬を貰うのは当然だという神話性を維持するために、後付けで報酬に見合う過酷な業務内容が生み出されているのではないか、とさえ思われた。

 著者たちよりももっと上の役職ならば実感できるであろう投資業務の本来の醍醐味や、「なぜ外資系金融機関は高給取りなのか」という本質的な理由は、結局この本では触れられていない。しかし、苛烈な労働環境で入社1年目から高給を取る若者たちの本音を覗くことができる、面白い本である。

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2009年06月05日

【本】清水真人「首相の蹉跌」

「首相の蹉跌」 清水真人/日本経済新聞出版社/2009年

 小泉政権を引き継いだ安倍政権、福田政権の軌跡と、後二者が小泉元首相による「官邸主導」政治の後継者たり得なかった背景を描き出した一書。著者は日経新聞編集委員。

 本書によれば、安倍政権、福田政権の失敗の第一歩は、政権発足当時に詳細なマニフェストを掲げなかったことにあるという。先代の小泉政権は、郵政民営化に代表されるように、しばしば深刻な党内対立を抱えていたため、分かりやすいマニフェストを用意して国民の支持を集める必要があった。そして、総裁選や総選挙に勝利した後は、選挙により自らの方針に国民の信を得たとして、マニフェストに沿って強力に政策を推進していくことができた。

 これに対し、安倍・福田両政権は、その発足の際に極めて抽象的で曖昧なマニフェストしか作らなかった。総裁選時に党内の大勢の支持を得ており、党内融和の観点から、あえて対立点を生み出すようなマニフェストを作る必要がなかったのだ。このため、政権発足後に具体的な方向性を打ち出す時点で、その内容がラディカルであればあるほど党内の強い反発を招くこととなり、政策を前に進めることができなくなってしまったのである。

 そして著者は、首相権力に対する小泉元首相の冷徹なまでの考え方と、後継政権の人材配置の失敗や政局の見通しの誤りを対比して描き、「官邸主導」に対するそれぞれの認識の違いを浮かび上がらせている。延べ3回の大臣職を経験し、官僚との間で決定的な対立まで経験した小泉元首相と、大臣として省庁を運営する経験を持たぬまま総理になった安倍元首相・福田前首相との間には、権力の運用に関する成熟度に大きな差異があったということなのだろうか。

 著者は、官邸をめぐる政治プロセスに関する作品として、既に「官邸主導」(2005年、日本経済新聞社)、「経済財政戦記」(2007年、日本経済新聞出版社)の二冊を上梓している。いずれも、一般には窺い知れない政策決定の過程を詳しく描写していて、興味深い。

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2009年05月24日

【本】橋本克彦「線路工手の唄が聞えた」

「線路工手の唄が聞えた」 橋本克彦/JICC出版局/1983年
(文春文庫版(1986年)で読みました)

 明治初期から昭和三十年代までの約九十年間、線路の保全作業に携わる線路工手たちの間で歌われた作業歌「道床搗き固め音頭」の歴史と、歌を通して見えてくる鉄道整備の裏面史を描き出した作品。1984年大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

 線路が平衡を失うことにより、列車が脱線・転覆事故を起こすことがある。そうした事故を防ぐためには、線路を敷設する土台となっている、砂利の道床をきちんと整備しておくことが重要になる。現在は機械による作業が行われているが、かつては線路工手と呼ばれる工夫たちが、ツルハシに似た「ビーター」という工具を振るって、人力で道床を整えていた。

 そして、工夫たちの単調で退屈な作業に張り合いを与え、作業の呼吸を合わせるために歌われたのが、「道床搗き固め音頭」だった。著者は、全国各地でそれぞれ独自の進化を遂げ、昭和三十年代には機械化により急速に姿を消していった「道床搗き固め音頭」の記録を追い求め、その変遷を通じて、かつて日本が乏しい国力で無理に鉄道整備を進めた軌跡を浮かび上がらせている。

 一例として、「線路検査」というシステムが挙げられている。これは、大正十五年に制定された「優良線路班表彰規定」に基づき、各保線区の線路を検査し、整備状況の良い線路班を表彰するという制度だが、その査定基準は常軌を逸していると言えるほど細かいものであった。検査制度の導入を受けて、高い職業精神を持つ線路工手たちは、「側溝の石垣をタワシで磨く」までの膨大な努力を重ね、検査で好成績を得られるような線路整備を行うことになった。

 その結果、昭和初年から戦争までの約十五年間、日本の線路は世界一と言ってよいほど美しい整備状況を達成したという。政府は限られた予算の下、鉄道のスピードアップや輸送力増大の要請に応えるために、こうした表彰制度のような仕組みにより人的資源を最大限に活用することで、高水準の線路保全を実現したのだった。しかし、それは一方で、残業代の付かない自主作業で「行き過ぎた検査」に対応した線路工手たちに、ある種の徒労感を残すものでもあった。

 あとがきに著者は言う。「線路を守り続けた男たちは、多くを語らない人々であった。自分の人生をわざわざ言葉に置き換え、そのうえで価値づけたり、理解したりするというまわりくどいことをしなくとも、ずしりと手応えのある生き方をした者の充実した沈黙とともに、彼らは人生の次の舞台へと静かに移り行くのであろう」。近代日本の鉄道史を支えてきたのは、まさにこうした寡黙で誠実な人々の努力の集積だったのだろう。

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2009年05月03日

【本】後藤正治「遠いリング」

「遠いリング」 後藤正治/講談社/1989年
(岩波現代文庫版(2002年)で読みました)

 大阪のボクシングジム、グリーンツダジムで拳を磨く若者たちと、彼らを見守り育て、あるいは彼らと戦う人々の物語。1990年講談社ノンフィクション賞受賞。

 井岡弘樹、徳島尚、山根禎英、野崎万弘、谷内均、大竹永寿、奥田章博、河野俊彦の8人のボクサーが、本書の各章の主人公だ。両親が離婚した者、実家が多額の借金を抱えている者、別のスポーツの世界で挫折を経験した者など、各人が各人なりの背景を背負ってボクシングの世界に挑んでいる。そして、彼らの抱える事情やボクシングに賭ける情熱を、著者は自然に、かつ丁寧に聞き取り、穏やかな筆致で記していく。

 物語として最も鮮やかな光を放つのは、やはり冒頭の井岡弘樹の章だろう。名伯楽エディ・タウンゼントの、病身を押した命がけの指導。グリーンツダジム津田会長とエディの強い友情。ジムの命運を懸けた井岡の世界タイトル挑戦。そして、劇的なエディの最期。ドラマのような一連の流れは、美しくも切ない一編の詩を見る思いにさせられる。

 また、8人のボクサー達の中で、個人的に最も心を惹かれたのは、最後の一章に登場する奥田章博だ。不良上がりのヤンチャな者も多いボクシングの世界で、色白で細身、生真面目で理知的なこの若者は、中学卒業後、1年間の労働期間を経て、グリーンツダジムでの合宿生活に入る。遊びたい盛りの10代後半の若者であるはずなのに、徹底して禁欲的な生活を過ごし、誰より熱心に練習や研究に取り組み、全てをボクシングに捧げるかのような日々を送る彼の姿は、確かに痛ましいとさえ思えるものだ。

 そして、それだけ一心にボクシングに取り組んだ結果はどうだったのだろうか。色々と調べても明確な情報を見つけられないことからすれば、残念ながら、結果的に彼は大きなタイトルとは無縁であったようにも思われる。しかし、一つの対象に対して、これだけ大きな熱量を注ぐ青春を送った彼は、現在も、決してそのことについて後悔はしていないのではないか。ささやかながら、彼の人生に幸多きことを祈りたい気持ちになった。

 8人の若きボクサーについて著者は、2002年冬に執筆した岩波現代文庫版あとがきで、「はっきりしているのは、すでに全員がリングから去っていることである」と記している。しかし翌2003年秋、39歳の大竹永寿が、実に9年ぶりの復帰戦をインドネシアで戦っているそうだ(結果は残念ながら敗戦であったようだが)。また、本書にも登場した、1989年に大竹永寿とミドル級全日本新人王戦を戦った西沢良徳というボクサーは、2006年、40歳にして東洋太平洋ライトヘビー級王座を獲得し、今なお現役という。ボクサー達の物語は、果てなく長く続いている。

posted by A at 22:11| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする