2011年09月03日

【本】佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」

「甘粕正彦 乱心の曠野」 佐野眞一/新潮文庫/2010年
(初版は、2008年に新潮社から刊行)

 いわゆる「甘粕事件」を引き起こしたとされる憲兵大尉、甘粕正彦の生涯を描いたノンフィクション。2009年、第31回講談社ノンフィクション賞受賞。

 甘粕という異色の人物の生涯を、膨大な資料と証言を基に描き上げたノンフィクションである。甘粕の幼少期から、軍人時代、「甘粕事件」前後、事件後の入獄、渡仏、満州国建国に当たって加担した謀略の数々、満州国高官や満映理事長としての日々、そして敗戦直後の自決に至るまでの模様を、さまざまな事実の断片を組み立てながら見事に描き出している。特に、おびただしい数に上る関係者から拾い上げた、多彩な証言は瞠目に値する。敗戦から60余年を経ているにもかかわらず、甘粕にゆかりのある人々を幅広く探し当て、数多の証言を引き出した著者の労苦は、並大抵のものではなかっただろう。

 謹厳で生真面目、融通の利かない性格の甘粕は、本来、混乱にまぎれて人を殺めるような謀略とは、最も縁遠い種類の人物であろう。だが、上官の命令を頑ななまでに固守し、決して秘密を口外することのないその性格を見込まれ、甘粕は大杉殺しの「主犯」に仕立て上げられてしまう。軍上層部の恣意的な判断により、人生の後半期を大きく狂わせられてしまった甘粕の生涯は、もはや一個の悲劇というほかない。もし、甘粕がもう少しいい加減な性格であれば、あるいはこのような損な役回りを割り当てられることもなく、憲兵として無難に軍人生活を勤め上げ、平穏な人生を全うすることができたのだろうか。

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2009年11月14日

【本】後藤正治「人物ノンフィクションV 孤高の戦い人」

「人物ノンフィクションV 孤高の戦い人」 後藤正治/岩波現代文庫/2009年

 一瞬の勝負の世界に生きるスポーツ選手・監督たちの姿を綴ったノンフィクション。取り上げられた人物は、松井秀喜、小川良樹、福永祐一・北橋修二、上田利治、伊達公子、岡野功・古賀稔彦・谷本歩実、仰木彬。

 松井や伊達のようなスター選手から、上田や小川のような通好みの監督まで、スポーツの世界でさまざまに活躍する人物を描写したノンフィクションである。どの項も温かい読後感を残す名編だが、例えば騎手・福永祐一を扱った一節は、所属厩舎の調教師・北橋修二との関係を丁寧に追い、味わい深い師弟関係の一例を見事に描き上げている。

 「天才」の名をほしいままにし、不慮の事故でターフを去った往年の名騎手・福永洋一の息子として生まれた福永祐一は、父と家族ぐるみで付き合いのあった北橋家と関わりを持ちながら成長する。やがて、父と同じく騎手の道を志し、競馬学校を卒業した祐一は、北橋厩舎に所属して騎手生活を送ることになる。

 北橋の庇護の下、順調に勝鞍を増やす祐一だが、他の騎手たちと同様、その成長過程において大きな失敗や怪我、酷評などを避けることはできなかった。デビュー3年目のダービーで、祐一はキングヘイローという人気馬に跨ったが、騎乗ミスから大惨敗を喫する。たまたまこのレースを府中競馬場で見ていたが、「掛かりやがった!」「馬鹿野郎!」「下手クソ!」など、スタンドには祐一を呪う罵声が飛び交ったことを覚えている。

 しかし、幾多の試練を経て、祐一は一流ジョッキーの仲間入りを果たしていく。「福永洋一の息子であり北橋修二の弟子である以上、いいかげんな仕事はできません」という彼の言葉は、彼自身の成長を何よりも物語るものだろう。一貫して祐一を外野の声から守りつづけ、一流騎手に育て上げた北橋の祐一評を、著者は以下のように拾っている。

「福永祐一のこれからに望むことはありますか――。北橋に訊いた。
『ま、なんとかかんとか添え木はいらんようにはなったが、野球でいえば二割六、七分の打者だ。はやく三割打者になって、乗り方にあれこれ注文をつけられるようになってもらいたいもんだよ』
『勝ち星をあげてるといっても、豊の半分じゃないか。なんとか普通に乗れるというレベルだ。豊が横綱ならまだ幕の内力士だ。ここ一番、ダービーに誰を頼むか。ワシだって豊に頼むよ』
『いまの乗り役は個性がない。だから競馬が面白くないといわれるんだ。プロを感心させてこそ一人前じゃないか。ま、そんなレースもなくはなかったが…。とにかくまだまだこれからだ。ちやほやするとろくなことはない』
 老調教師はついに、一言半句、甘い言葉を吐かなかった。頑固親父め――。帰り道、久々、胸のあたりがぽかぽかしていた。」

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2009年10月23日

【本】最相葉月「東京大学応援部物語」

「東京大学応援部物語」 最相葉月/集英社/2003年
(新潮文庫版(2007年)で読みました)

 ひたすら連敗を重ねる東大野球部をひたすら応援し続ける、東大応援部の日常を追いかけたノンフィクション。

 学生時代、東大本郷キャンパスの中央食堂(安田講堂前の広場の地下にある)で食事をすることが時々あった。「中央食堂」の名に恥じない広々とした食堂で、随分たくさんのテーブルが並べられていたが、どういうわけか、どのテーブルの上にも小さなプレートがひとつ置かれていた。プレートの中には小さな紙が挟まれていて、そこには常に、次のような感じの勇ましい言葉が並べられていた。(得点差はうろ覚えである)

「東大野球部、前回試合は早稲田に惜しくも2−13で敗戦!」
「勝利までもうひと押しだ! みんな、一緒に神宮へ応援に行こう!!」

 プレートを置いた主は、言うまでもなく東大応援部だった。しかし、「惜しくも2−13」とはどういうことなのか。一体、何が「もうひと押し」なのだろうか。本当は東大野球部が勝つ見込みなどないことが十分わかっていて、その上でこういう文章を書いているのなら、それは相当に気の毒な事態なのではないか。私はそのプレートに、一種の痛ましさすら感じたものだった。

 それからしばらく歳月が経って、本書を手にする機会があった。そこに見る東大応援部の実態は、想像を絶するものだった。まわりから奇異の目で見られながら学ランで過ごす日々。授業にも出られない応援部中心の生活。先輩に対する常軌を逸した礼儀作法。日常茶飯事の理不尽な体罰。そして、過酷な鍛錬。本書の中で、見知らぬ学生から「勉強しすぎて頭おかしくなってんじゃないの」などという言葉が投げかけられているが、そう見る人がいてもやむを得ないのではないかと思えるほどだった。

 しかし、これほどまでに一つの物事に打ち込める人間は、世の中にそうはいまい。彼らはひたすら応援のための生活に没頭し、仲間とともに東大野球部の勝利を一途に信じ、応援の技術を一心に磨く。そして、他者のために力を尽くすという行為を通じて、人として着実に成長していくのだ。彼らにとって、応援部で過ごした濃密な時間や仲間との絆は、一生かけがえのないものとして残るのだろう。

 かつて、東大応援部主将を務めた人と酒席を共にさせてもらったことがある。その人は、人間としての迫力と器の大きさを感じさせる、まさに「好漢」の名にふさわしい人物だった。時に理不尽とも言える過酷な経験も、長い目で見れば、大きな人格を育てる砥石となるのだろうか。

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2009年10月10日

【本】山本譲司「獄窓記」

「獄窓記」 山本譲司/ポプラ社/2003年
(新潮文庫版(2008年)で読みました)

 民主党の代議士であった著者が、秘書給与詐取事件で逮捕されて獄中生活を送り、出所するまでの記録。2004年、第3回新潮ドキュメント賞受賞。

 華やかな政治の世界から、一転して服役囚としての生活を送ることになった著者によるノンフィクションである。看守たちの横暴な振る舞いや人情味ある配慮、厳しい規則の山、囚人たちの人間関係、糞尿にまみれながら身体・精神障害を持つ受刑者たちを介助して過ごす日々など、受刑者としての生活が生々しく克明に描かれている。

 獄中の著者は、割り当てられた仕事に対して真摯に取り組む一方で、時に周囲の人間をやや尊大な目で見下している(もちろん、執筆時点の著者はそのことを自覚しつつ本書を著している)。おそらく、著者のこういった性質が、議員事務所のスタッフに「後ろから刺されて」逮捕されることになった一因なのだろう。しかし、その一方で、著者の家族は一貫して著者を温かく支え続けており、そうした家族間の絆は読む者に小さからぬ感動を与える。このような家族に恵まれたことも、また著者の人格がもたらした結果の一つと言えるのだろう。

 著者の犯した秘書給与流用の罪は、たとえそれが私腹を肥やすためのものでなかったにしろ、国会議員として許されるものではない。しかし、過去に同じ罪を犯した大多数の議員がそのまま見逃されてきたことを考えれば、著者に対する実刑判決は、やや重きに失したのではないだろうか。仮に、裁判官が判決に一罰百戒的な意味合いを込めていたり、あるいは上訴されれば上級審で執行猶予が付されるであろうことを初めから考慮していたのであれば、それは個々の被告に対する量刑算定において本来的に酌むべき事情ではあるまい。著者が罪を犯したことについて擁護するつもりはないが、その刑の重さに対しては、やや釈然としないものが残った。

 なお、本書の続編として、2007年に「続獄窓記」(ポプラ社)が刊行されている。厳しい受刑者生活の反動として、著者が出所後に苦しめられた「囚人コンプレックス」や、本書を出版し思いもかけず新潮ドキュメント賞を受賞したこと、法務省に招かれ幹部たちを相手に受刑者処遇改善に関する講演を行ったこと、新たな生きがいを見つけていくまでの過程など、出所後の著者の歩みが詳しく綴られている。

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2009年08月06日

【本】後藤正治「人物ノンフィクションU 表現者の航跡」

「人物ノンフィクションU 表現者の航跡」 後藤正治/岩波現代文庫/2009年

 作家やアーティストなどの「表現者」たちが現在の地位を獲得するまでの、下積みの時代、背景、活動の舞台裏などを追ったノンフィクション。取り上げられる人物は、オノ・ヨーコ、北方謙三、国谷裕子、皇太子徳仁、内田樹、高樹のぶ子、森毅の7名。それぞれ、過去に「AERA」「文藝春秋」に掲載された記事を、大幅に加筆・修正したもの。

 いずれも個性的で、よく考えると当人自身はあまり取材の対象になってこなかった人々に焦点を当てたノンフィクションである。特に皇太子に関する一編は、7人中唯一本人へのインタビューは行えていないが、実に丹念に周辺への取材を行い、ともすれば厚いベールの陰に隠されがちな皇太子個人の実像を明らかにした秀作と言える。

 どの人物もそれぞれ魅力に富み、読んでいて興味を惹かれるが、ここでは国谷裕子について詳しく取り上げてみる。1993年以降、長きにわたってNHK「クローズアップ現代」のキャスターを務める彼女だが、そこに至る経過は決して平坦なものではなかった。銀行員の子女として生まれた彼女は、父の転勤に伴って日米各地を転々とし、文化的な摩擦も経験しながら、最後は米国東部の名門ブラウン大学を卒業する。卒業論文は「広田弘毅時代の日米関係」。長く海外で育ちながら、常に前に出てものを言う型ではない「日本人タイプ」の人間であり、また、目の前にあるものを器用に処理して前に進むことは苦手な、「深いところでの不器用さ」を自分自身に感じていたという。

 大学卒業後、仕事をしたり、「自分探し」の一人旅をしたり、弁護士の夫と結婚して主婦業に専念したりした時期を経た後、かつて英語放送の仕事に携わったことのあったNHKから声が掛かり、三十歳で黎明期のNHK衛星放送のキャスターを始める。その後、挫折や下積みの経験を経て、93年4月、36歳で「クローズアップ現代」のキャスターに抜擢される。以後、山のような資料の読み込み、スタッフとの議論、多数の著名人へのインタビューなどの膨大な努力を積み重ねて、さまざまなテーマに切り込む「クローズアップ現代」は現在に至るまで続く長寿番組となった。

 そんな国谷について、著者は言う。「小さな変化はありつつも、一日一日、身を削るように生きてきた。プロの仕事人は疲れを自覚しつつ、また一歩、高みへ登り詰めていかんとする存在であるとするなら、彼女もまたそのような人である」。ノンフィクションの名手である著者は、今作でも、それぞれの取材対象を鋭く、そして温かい目で見つめている。

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