2013年12月14日

【本】岩見隆夫「昭和の妖怪 岸信介」

「昭和の妖怪 岸信介」 岩見隆夫/中公文庫/2012年
(初版は、1979年に学陽書房から刊行)

 戦前、商工省官僚から満州国総務庁次長、商工大臣などの要職を歴任し、終戦後A級戦犯に指名されながらも、その後十余年を経て総理の座を射止めた政治家、岸信介の表裏を描いたノンフィクション。

 少壮官僚としての出発から、満州国での暗躍、東条内閣への協力と抵抗、戦後の雌伏、総理として取り組んだ難業、そして総理退任後の政治活動に至るまで、岸信介の生涯とその功罪を追った作品である。岸の周辺で活動した様々な関係者と、さらには岸本人へのインタビューを重ね合わせ、岸の人間像をあぶり出そうと試みた一書であるが、ヴェールに覆い隠されたまま終わってしまった感のある部分も少なくない。著者自身があとがきで認めるように、「入口のところをうろうろしたような実感が残」り、「とても本論に踏み込むにはいたらなかった」印象が拭えず、それがまた、岸という掴みどころのない人格を浮き彫りにしている。

 岸が総理の職にあったのは昭和30年代のことだが、彼はいまだ過去の人間にはなっていない。岸の外交と憲法観に関して、本書には以下のような記述がある。

「内閣が成立して三か月後の五月二十日、岸は初仕事として東南アジア歴訪に出発した。
 六月四日までビルマ、インド、パキスタン、セイロン、タイ、台湾の六か国を回り、さらに訪米をはさんで十一月十八日から十二月八日まで南ベトナム、カンボジア、ラオス、マレーシア、シンガポール、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンの九か国、合計十五か国を歴訪したことになる。(中略)
 とにかく、復興しつつある日本経済の市場確保のために、東南アジアの重要性はきわめて大きい、と岸は考えた。さらに日本のあと押しによって、東南アジア新興国の経済基盤が固まってくれば、日本の国際的な発言力が増し、「アジアの指導国」としての政治的、経済的な地歩を築くことができる、と踏んだ。それが米国と緊密に結びながら中ソ両大国とは事を構えずに日本が生きていくための唯一の選択肢だと岸はみたのだろう。」

「(日本国憲法について、80代の岸の言葉)成立過程と内容のいかんですよ。国に元首がないんだ。こんなことはないですよ。やっぱり元首ははっきりしとかなきゃいかん。これは国の基本である。
 それから、国防だ。私はもちろん、戦争をしようとか、武力をもって日本の国策を外交上ナニしようとか、そんなことは考えていないけれども、少なくともね、防衛に当たってる自衛隊が憲法違反の疑いを残すような現在の規定を改めなければいかん。やはり、国を防衛するのは国民の義務の一つであり、国に忠誠を尽くさなきゃいかんということをないがしろにするのが間違っとる。
 それから二院制。むだですよ、あれ。総理大臣が二度もおんなじことをやらなきゃならんのだよ。だから、私が憲法改正する時は一院制にすると思います。大体いまのは翻訳調だからね。変な文句でしょう……」
「憲法改正、これは今後もやります。やりますけれどもなかなか私の目の黒い間にできるとは思っていない。しかし、この火を絶やしちゃいかんと思うんだ」

 現総理は岸の孫に当たる人だが、その外交姿勢や憲法論を見れば、岸の描いたグランドデザインは、今も日本のあり方に陰に陽に影響を及ぼし続けているように思える。

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2013年12月07日

【本】尾川正二「戦争 虚構と真実」

「戦争 虚構と真実」 尾川正二/光人社NF文庫/2013年
(単行本は、2000年に光人社から刊行)

 一兵士として東部ニューギニア戦線を生き抜いた著者が、自らの体験を踏まえつつ、太平洋戦争に関するジャーナリズムの「嘘」を検証する本。

 「極限の中の人間」でニューギニア戦の経験を著し、第1回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した著者による、ジャーナリズムのあり方を問う一書である。北支戦線・ニューギニア戦線における自身の過酷な戦争体験を踏まえながら、戦後巷間に流布する戦争報道を一つひとつ取り上げ、その虚構性を丹念に暴露している。著者が80代になってからの著作のせいか、論旨がやや分かりにくい部分もなくはないが、浩瀚な教養を背景とした丁寧な記述は、読む者の襟を正させるものである。

 著者は、特に戦後五十年前後を経て、実体験に基づかないいい加減な報道が増えてきた事実を深く憂えている。例えば、本書の第十二章「奇怪な流言」に、以下のような文章がある(一部抄録)。

「一九九七年夏以降、奇怪としかいえないような流言を聞くようになった。<旧日本軍、パプア・ニューギニアにおいて、原住民を殺害、これを食せり>というのである。現地に三年いて聞いたこともなく、その後、半世紀以上も話題になったことすらない。まったく突然のことである。その発端は、八月十四日「朝日新聞」神奈川版の「ニューギニアの人々にとって、あの戦争は」という記事だった。(中略)
 …異常な記事が、十月十七日発行の『週刊朝日』に掲載されているのが、コピーで送られてきた。題して「ニューギニアで旧日本兵が行った残虐」という。形容を絶する特異な内容――当時を知るものには、まったくの虚構――だが、『森と魚と激戦地』を下敷きにしたものらしい。一緒に取材にも行っている。
 戦争を体験している、体験していないは、学問的研究において何の意味もない。だが、これほど偏向した、客観性のない非現実的な記述をみると、戦争の実態を知らないと、こんな不毛な思考形態しか生み出せないのかという思いに駆られる。
 「激戦地」と書きながら、内実を知らない。日本で得た資料も、自分の都合のいいようにつまみ食いの引用をし、全体の文脈をみようとしない。みえないのかもしれない。読解力が疑われもする。六千の兵員が、百名になった戦場がどんなものであったか想像もつかぬらしい。想像力の欠如も感じられる。誹謗のことばはあっても、哀悼のことばはない。(中略)
 「語りえないことについては沈黙すべきである」(ヴィトゲンシュタイン)という有名なことばは、当然の命題である。正確な報道のためには、情報源を、記者自身を、繰り返し問い直し、検証しなければならぬ。「信じがたい」ならば、検討すべきである。「信じがたい」といいながら公表すること自体、許されることではない」

 個人的に、ジャーナリズムにおいて、誤った報道というものはどうしても避けえないものだろうと思う。記者の調査が十分に行き届かなかった場合もあるだろうし、記事を発表後、新たな事実が判明する場合もあるだろう。ただ、明らかに事実に反する報道を行ったり、客観的事実から距離のあるような報道を続けたりした場合には、当然その経緯を十分に検証し、きちんと訂正を行うべきではないだろうか。さもないと、その報道機関やジャーナリスト自身が信用を失い、何を言っても耳を傾けてもらえない存在になるのではないかと思う。

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2012年11月18日

【本】渡辺一史「こんな夜更けにバナナかよ」

「こんな夜更けにバナナかよ」 渡辺一史/北海道新聞社/2003年

 北海道で暮らす障害者・鹿野靖明と、彼を介助するために集まったボランティアたちの記録。第35回大宅壮一ノンフィクション賞、第25回講談社ノンフィクション賞受賞。

 難病の筋ジストロフィーのため、一種一級の重度身体障害者として生きる鹿野靖明と、彼の身辺を世話するためにボランティアとして応募してきた人々の人間模様を描いたノンフィクションである。わがままな要求も多く、人当りもきつい鹿野の元に、どうしてこんなに多数のボランティアが集まり、長期間にわたって介護を続けていくのか。傍目にはなかなか不思議な部分もあるが、著者は自らもボランティアとして参加しながら、鹿野やボランティアたちの心情を丁寧に解き明かしていく。

 鹿野の介助に携わるボランティアたちは、多かれ少なかれ、背景となるストーリーを抱えて鹿野のもとにやってくる。劣等感に苦しむ性格を打破しようとする大学生や、40代で冷淡な夫と離婚して、初めて自らの人生を切り拓こうとする主婦など、ボランティア行為そのものに関心があるというよりも、ボランティアを触媒として、人生の転機を掴もうとする者が少なくないように思えるのだ。そして鹿野は、わがままに振る舞う一方で、そうした多様なパーソナリティを受け止めるだけの度量の持ち主でもあるように見受けられる。このような鹿野とボランティアたちの人格の交錯が、このノンフィクションを滋味豊かな作品に仕上げている。

 著者のことにも少し触れておきたい。著者の渡辺一史氏は、北大中退後フリーライターとして活動し、30代半ばにして、初の著書として本書を上梓している。本書の執筆に当たっては、他の仕事を中断し、貧しいアパート暮らしを続け、ついには借金までしながら、2年半の歳月をかけてようやく完成にこぎつけたのだという。きっと著者は、そうした苦しい生活を続けながらも、この題材から優れた作品を生み出せることを、無意識のうちにでも確信していたのではないかと思う。才能に引きずられて、人生のすべてを何かの対象に投入するような著者の生き方は、一見大変そうだけれど、天与の資質に恵まれた人にのみ許された人生であるように思えて、ちょっと羨ましく感じられた。

posted by A at 09:55| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

【本】清武英利「巨魁」

「巨魁」 清武英利/WAC/2012年

 2004年から11年まで読売巨人軍代表を務めた著者が、巨人の「ドン」である渡邉恒雄氏との関係に触れつつ、球団代表としての自らの活動を振り返った本。

 「ナベツネを激しく糾弾するような本か」と思って読み始めたが、違った。過去の巨人軍にどのような問題点があったのか、それを著者がどう改善していったかという、7年にわたる著者のGM業の総括に主眼を置いた本だった。ただし、著者が球団の改革に取り組む中で、渡邉恒雄という人物がどのように障害となったかについても、要所要所で詳しく述べられている。

 球団代表の職を与えられた著者は、巨人を、FA制度導入後の「大艦巨砲主義」のチームから、育成を重視したチームに変革しようと努力している。その方向性は高く評価されて良いのではないかと思う。右も左も分からぬ新人選手が、失敗を繰り返しながら成長し、やがてチームの中心選手として花開いていく過程を見守ることは、プロ野球ファンにとって大きな醍醐味の一つだ。私は巨人ファンではないけれど、そうやって育っていった生え抜きの選手たちが揃っていた、80年代から90年代初頭ごろまでの巨人は、決して嫌いなチームではなかった。

 しかし、務台光雄氏が死去し、渡邉氏が球団を思うがままに操るようになると、巨人の球団運営には疑問符の付く部分が現れてくる。たとえば本書は、渡邉氏の発言として、次のようなものを紹介している。

「渡邉の野球知識は素人以前というところだ。数年前、桃井恒和が呆れていた。
『この前、渡邉さんに会ったら、聞かれたよ。『いまさら誰にも聞けないんだがな。君、遊撃と二塁はどちらが一塁に近いんだ?』と。それは二塁ですよ、と俺は答えたよ。驚いちゃった』」

 あまりの話に、思わず本書を読み進める手が止まった。「最後の独裁者」を自称し、球界を好き勝手にかき回す人物が、野球の知識の基本さえ理解していないということが、現実にあり得るのだろうか。おそらく渡邉氏の意向が大きく影響したであろう、巨人によるFA選手の乱獲は、他球団ファンの眉を顰めさせて余りあるものだったが、「エースと四番を並べれば強くなる」という発想は、確かに、野球の素人ならではのものではある。

 また、渡邉氏は、思いつきで周囲を振り回し、たびたび巨人や球界に混乱をもたらしている。その詳細については本書を参照されたいが、しかし渡邉氏は、「独裁者」を自負する割には、妙に脇が甘いところがある。本書によれば、渡邉氏は読売新聞グループで高い地位にある人間を切るとき、口封じのために、グループ会社の顧問などのポストをあてがうことを忘れなかったという。では、なぜ渡邉氏は、よりにもよって著者を、捨て扶持を与えることすらしないまま、寒空の下に放り出したのだろうか。知ってはいけないことを知り尽くした人間が追い詰められたら何をするか、素人でも簡単に推測できそうなものである。怒りに任せて著者を窮地に追い込み、その結果、本書の出版や朝日新聞による一連のスクープなど、「窮鼠猫を噛む」ような事態を招いたのだとしたら、それは渡邉氏の「独裁者」としてのセンスの衰えを、端的に示す事実と言ってよいのではないか。

 もちろん、本書に書かれていることがすべて正確な事実、というわけではないだろう。著者は、自分自身の失態(例えば、外国人補強の度重なる失敗)について、本書の中で十分に説き明かしているとは言い難い。本書に客観的な説得力を持たせたいなら、著者は、そうした自らの失敗についても率直に触れるべきであったろう。また、著者が球団代表になって以後のドラフトに関しても、本当に「何もなかった」のだろうか。長野久義や澤村拓一、菅野智之らの言動を見て、なんとなく違和感を覚えたプロ野球ファンは、決して少なくはなかったように思える。

 だが、そうした部分を割り引いたとしても、渡邉氏による専横のありさまを生々しく天下に晒したことは、やはり本書の功績と言えるだろう。本書を読むと、著者には長年にわたる渡邉氏の横暴に対する鬱積した感情があり、昨年のコーチ人事をきっかけにそれが爆発して、あの「重大なコンプライアンス違反」に関する記者会見に至った、という経過がはっきりと見て取れる。巨人を強くしようと地道に努力する、やや不器用で融通の利かない性格の著者と、巨人を読売新聞拡販の道具と見なし、気ままに球団を差配する「独裁者」の渡邉氏は、いずれ衝突することは避けられない運命だったのだろう。

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2011年09月03日

【本】佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」

「甘粕正彦 乱心の曠野」 佐野眞一/新潮文庫/2010年
(初版は、2008年に新潮社から刊行)

 いわゆる「甘粕事件」を引き起こしたとされる憲兵大尉、甘粕正彦の生涯を描いたノンフィクション。2009年、第31回講談社ノンフィクション賞受賞。

 甘粕という異色の人物の生涯を、膨大な資料と証言を基に描き上げたノンフィクションである。甘粕の幼少期から、軍人時代、「甘粕事件」前後、事件後の入獄、渡仏、満州国建国に当たって加担した謀略の数々、満州国高官や満映理事長としての日々、そして敗戦直後の自決に至るまでの模様を、さまざまな事実の断片を組み立てながら見事に描き出している。特に、おびただしい数に上る関係者から拾い上げた、多彩な証言は瞠目に値する。敗戦から60余年を経ているにもかかわらず、甘粕にゆかりのある人々を幅広く探し当て、数多の証言を引き出した著者の労苦は、並大抵のものではなかっただろう。

 謹厳で生真面目、融通の利かない性格の甘粕は、本来、混乱にまぎれて人を殺めるような謀略とは、最も縁遠い種類の人物であろう。だが、上官の命令を頑ななまでに固守し、決して秘密を口外することのないその性格を見込まれ、甘粕は大杉殺しの「主犯」に仕立て上げられてしまう。軍上層部の恣意的な判断により、人生の後半期を大きく狂わせられてしまった甘粕の生涯は、もはや一個の悲劇というほかない。もし、甘粕がもう少しいい加減な性格であれば、あるいはこのような損な役回りを割り当てられることもなく、憲兵として無難に軍人生活を勤め上げ、平穏な人生を全うすることができたのだろうか。

posted by A at 20:31| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする