2017年09月02日

【本】海老沢泰久「ヴェテラン」

「ヴェテラン」 海老沢泰久/文藝春秋/1992年
(文庫版は、1996年に文春文庫から刊行)

 1980〜90年代にかけて活躍したプロ野球選手6人の、個性的な野球人生を描いたノンフィクション。

 西本聖、平野謙、石嶺和彦、牛島和彦、古屋英夫、高橋慶彦の、6名の野球選手の生きざまを追った作品である。これらの選手たちは、いずれも個性の強いプレイヤーだったためか、ほとんどがトレードにより最初の球団から放出されている(石嶺だけはFA移籍)。彼らの中には、我を通した結果としての移籍が裏目に出て、選手としての終わり方があまり良くなかった者もいるが、トレードを機に息を吹き返し、移籍先の球団でさらなる活躍を見せた選手もいる。各人の性格や野球哲学の違いが、彼らの選手生活に大きな影響を及ぼしていく過程を、本書は克明に描いている。

 本書の各編の中で、最も読後感が良いのは、平野謙を取り上げた一編だろう。1977年、ドラフト外で中日に入団した平野は、失敗や試行錯誤も繰り返しながら、ようやく1982年にレギュラーの座を掴む。その後、しばらくは安定した活躍を見せるが、次第に練習を手抜きするなど、ベテラン選手としての悪癖も目立つようになってくる。1987年に就任した青年監督の星野仙一は、平野のこうした闘争精神に欠ける姿勢を嫌い、ついに同年オフ、平野は西武ライオンズにトレードされてしまうのだった。

 しかし、平野にとって幸運だったのは、移籍先の西武監督の森祇晶が、トレード選手に対して理解のある監督であったことだった。本書には、以下のような森の言葉が収められている。

「ジャイアンツには、昔からジャイアンツにいるというだけで、尊大でいじわるになる選手がいるんですよ。そういう連中が移籍してきた選手をいじめるんです。ジャイアンツの伝統はこうだとか、こんなことも知らないのかとか。それでなくても移籍選手というのは知らないチームにきて不安で仕方がないんですから、そんなこといわれたら萎縮して何もできなくなってしまいますよ。森永(勝也)なんか、それでどれだけいじめられたか。見ていて腹が立つぐらいでしたよ。だからぼくは、移籍してきた選手には、使い方は様子を見てから決めるなんて不安にさせるようなことはいわないで、ぼくがその選手に何を望んでいるかを最初にはっきりいうことにしているんです」

 こうした監督と、伸び盛りのチームメイトたちにも受け入れられた平野は、西武の厳しい練習にも真面目に取り組み、1988年には不動の二番打者として、自己最高打率の.303を残す。そして、1992年まで5年連続でパリーグ最多犠打、1993年まで6年連続でゴールデングラブ賞を獲得し、西武黄金期を支える名外野手となったのだった。

 平野の野球人生を見ると、遊んで過ごしていた新人時代や、練習に手を抜いていた中日時代末期など、必ずしも模範的なアスリートとは呼べない時期もあったようである。しかし、彼の真骨頂は、自らの置かれた環境が変わったとき、それに合わせて猛烈に努力できる根性と柔軟さがあったことだろう。そうした彼自身の気質と、彼に手を貸そうとする周囲の人々にも恵まれたことが、平野謙というプロ野球選手の成功につながったのではないかと思った。


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2017年06月24日

【本】鈴木忠平「清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実」

「清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実」 鈴木忠平/文藝春秋/2016年

 PL学園当時の清原和博と甲子園で対戦し、ホームランを打たれた投手らによる回想録。

 1983年から85年にかけて、甲子園で清原に本塁打を打たれたピッチャーら11人が、当時の勝負の思い出や現在の清原への思いを述懐した本である。本塁打を打たれたという、必ずしも愉快ではない記憶に関するインタビューでありながら、一名(マスコミとの接触を一切断っている中山裕章)を除く全投手が取材に応じた事実を見ても、清原という大打者との対戦が、投手の側にとっても大きな意味を持っていたことが分かる。

 それぞれの投手たちの追想を読むと、清原と全力で対戦し敗れたことで、すっかり気持ちの整理がついている者もいれば、選手起用の綾で清原とまともに勝負することができず、現在まで後悔を引きずっている者もいるなど、投手たちにもさまざまな思いがあることが見て取れる。中でも、勝負すべき時に勝負できなかったことに関して、30年経っても消えない未練を述べたある投手の執念には、ちょっとした恐ろしささえ覚えさせられた。

 個人的には、清原という選手はずっと好きになれなかった。高校・西武時代はともかく、巨人時代に、相手投手に対してストレートを投げるよう恫喝した姿は、プロの野球選手としては到底あるまじき態度だと思った。また、オリックス時代の、およそスポーツマンとはかけ離れた風貌には、率直に言って嫌悪感しか抱くことはできなかった。

 しかし、本書を見ると、清原と対戦した投手たちには、かなり過酷なプレッシャーがかかっていたことがよく分かる。一試合でのみ清原と向き合った投手たちがこんな状態であれば、毎試合、いや試合の外でも凄まじい注目にさらされ続けた清原には、一体どれだけ深刻な重圧がかかっていたのだろうか。本書にも描かれているように、元々気さくで親切な性格だった清原が、苛烈なプレッシャーの中で、やがて人として疲れ果てたとしても、そのことを厳しく糾弾したい気にはなれなかった。本書を読み終えた今、清原和博という人物に対して抱くのは、ただ同情の思いと、更正への願いばかりである。


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2017年04月23日

【本】戸部田誠「1989年のテレビっ子」

「1989年のテレビっ子」 戸部田誠/双葉社/2016年

 1970年代の終わり頃から90年代の中頃までを中心に、テレビのバラエティ番組の栄枯盛衰を描いた本。

 たけし・さんま・タモリの「ビッグ3」や、80年代始めのマンザイブームを担った漫才師たち、80年代後半以降に飛躍したとんねるず・ダウンタウン・ウッチャンナンチャンなどのタレントたちの足跡を辿りつつ、数々のテレビ番組の栄光と没落の軌跡を追いかけた一書である。我々視聴者にはうかがい知れないテレビ番組の裏面や、関係者の苦悩と成功が、著者の該博な知識を踏まえて見事に描き出されている。文中に引用されている文献の量も膨大で、テレビに対する著者の愛着の深さを推し量ることができる。

 本書の中で目を引く場面としては、やはり土曜8時の枠を巡る熾烈な競争、いわゆる「土8戦争」が挙げられるだろう。王者として君臨する「8時だョ!全員集合」に挑む「欽ちゃんのドンとやってみよう」、「全員集合」にとうとう引導を渡した「オレたちひょうきん族」、そして「ひょうきん族」を終焉に追い込んだ「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」と、視聴率30%台が当たり前のお化け番組がしのぎを削る様子が、関係者の回想も含めてクリアに描かれている。精緻に作り込まれた笑いである「全員集合」へのアンチテーゼとして、「完成されたものの破壊」を打ち出して成功した「ひょうきん族」が、「全員集合」の終了により急速にパワーを失い、ついには自分自身の役割をも終えてしまったという分析は、往時の番組を思い出してみても、確かにそうかもと思わせられるものがあった。

 この他にも本書には、現在では大御所と呼ばれるようになった芸人たちの、若かりし頃の試行錯誤や努力の記録が詳しく綴られていて興味深い。彼らの行跡を軸にして、様々な番組を線でつないだ著者の視点は、テレビに対する深い愛情を持った人でなければ持ち得ないものだろう。すっかりテレビが元気を失ってしまった今、著者があえて80年代前後にクローズアップした本書を著したのは、テレビがもっとも輝いていた最後の時代に対する、ある種の郷愁も作用したのかもしれないな、と思った。


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2017年01月15日

【本】村瀬秀信「4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」

「4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」 村瀬秀信/双葉文庫/2016年
(初版は、2013年に双葉社から刊行)

 大洋ホエールズ・横浜ベイスターズの球団史を、多くの関係者の証言を元に描き出したノンフィクション。

 著者の熱い大洋・横浜愛をひしひしと感じる、出色のノンフィクションである。古今の関係者たちへの濃密なインタビューを積み重ね、それに著者自身の記憶や思い入れも付け足して、球団への愛情にあふれたクロニクルが綴り上げられている。横浜ファンでなくとも、プロ野球ファンであれば十二分に楽しめる作品である。

 本書によれば、大洋ホエールズという球団のおおらかで大ざっぱな気風は、親会社が大洋漁業(マルハ)だったことに由来する面があったようである。「遠洋漁業は命懸けで漁に出るわけです。だから、一艘の船に乗った人間は、みんな命を預かった家族。だからみんな仲良く、一致団結しようということですよ」(土井淳)、「まあ、当時は選手獲得も、『クジラ一頭獲れればいい』って感覚ですからね」(平松政次)、「昨日まで船に乗って魚獲っていた人が、次の日に選手を獲ってんだからね(笑)」(近藤昭仁)、「大洋漁業って船乗りの集まりじゃないですか。チームがひとつの船というんですかね。大洋ホエールズという船に、監督という船長がいて、船員である選手みんなが乗っている。そんな雰囲気が色濃かった気がしますね」(遠藤一彦)などという証言は、良くいえば鷹揚、悪くいえばルーズで甘い大洋球団の体質と、確かに重なり合うものであるように思えた。

 その後、大洋ホエールズは、横浜ベイスターズへの球団名変更、1998年の日本一、TBSによる買収などを経て、2000年代の壮絶な暗黒時代を迎える。この時期の球団について、著者は、球団を食い物にしていた人間や、澱んだ空気の発生源になっていたスタッフの存在を仄めかす書き方をしているが、その詳細については突っ込んだ記述をしていない。球団がどうして支離滅裂な状態に至ったのか、その要因を知りたいと思う読者にとっては、このあたりの展開はやや消化不良の感が否めないかもしれない。ただ、こうした原因追及や犯人の糾弾を詳しく進めていくと、おそらく本書はかなり雰囲気の違う、重苦しい一書になっていたのではないかと思う。この辺の闇にあえて深入りせず、軽妙な筆致を貫いた著者の判断は、作品の完成度を高める意味では、おそらく正解だったのだろう。

 現在、球団のオーナーはDeNAとなり、球団の体質や運営方針は、見違えるほど改善されてきているように見える。著者に代表されるような、どんなに弱くても決して大洋・横浜を見捨てなかったファンたちも、きっと大きく勇気づけられているのではないか。彼らの熱い球団愛が、いつか報われることを祈らずにはいられない、そんな思いにさせられた一冊だった。

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2016年07月18日

【本】後藤正治「人物ノンフィクションT 一九六〇年代の肖像」

「人物ノンフィクションT 一九六〇年代の肖像」 後藤正治/岩波現代文庫/2009年

 1960年代に活躍した歌手やスポーツ選手などの軌跡を追ったノンフィクション。取り上げられた人物は、藤圭子、ファイティング原田、ビートルズ&ボビー・チャールトン、シンザンをめぐる人々、吉本隆明。2000年前後に「Number PLUS」などの雑誌に発表された記事を、加筆・修正したもの。

 60年代を象徴する人々に焦点を当てたノンフィクション作品群である。高度経済成長期の当時から既に半世紀が経過し、往時の出来事も歴史の一ページに変わりつつあるが、この時代をリアルタイムで体験した著者は、登場人物たちの足跡を紹介するとともに、当時の社会風潮や人々の価値観をも丹念に描き出している。

 著者の作品では、「遠いリング」(講談社ノンフィクション賞)、「リターンマッチ」(大宅壮一ノンフィクション賞)、「咬ませ犬」など、ボクシングを扱った名作ノンフィクションの数々が知られているが、本書でも、ファイティング原田を取り上げた「黄金時代」は、特に秀逸な一編であるように思えた。原田という人物の前向きな人生観や、しなやかで強靱な生き様を丁寧に描写し、彼の魅力を存分に伝えている。読後感の良い作品だった。

 また、1964年に三冠馬となったシンザンをテーマとした作品も興味深い。厩舎関係者たちの迷いや葛藤と、それらとは対照的なシンザン自身の悠揚迫らぬ活躍ぶりが、克明に映し出されている。私自身は現役当時のシンザンを知らないが、孫に当たるマイシンザンのレースを、10代半ば頃に何度かテレビの競馬中継で見たことがある。彼が関西のGVで久々に重賞勝利を挙げたとき、そういえば彼の祖父はまだ長寿を保っているんだな、という事実を思い出して、偉大な競走馬の生命力の強さに、改めて驚きを覚えたことを記憶している。

posted by A at 16:21| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする