2019年05月19日

【本】織井青吾「方城大非常」

「方城大非常」 織井青吾/朝日新聞社/1979年

 1914年に発生し、671名(一説には1,000名以上)の死者を出した炭鉱事故、「方城大非常」の実態を追ったノンフィクション。

 日本史上最悪の炭鉱事故と呼ばれる、方城大非常(参考:wikipedia)を取り上げたノンフィクション作品である。坑夫たちが方城炭鉱で働くに至った経緯や、事故直後の炭鉱の惨状、遺された家族の姿などをつぶさに記録し、当時の炭鉱労働者たちが置かれた厳しい労働環境を詳細に描き出している。幅広い読者を獲得した山本茂実の「あゝ野麦峠」や、北海道のタコ部屋労働者の実像を追った小池喜孝の「常紋トンネル」(こちらに全文掲載あり。非常に読み応えのある内容ですが、深夜には読まない方が良いかも)と同様、昭和中期に朝日新聞社が刊行した記録文学の名作の一つだが、これらの二書と異なり、なぜか本書は文庫に収録されておらず、惜しまれる点である。

 この炭鉱事故の特徴の一つは、事故による死者の数が正確に特定できていないことであろう。炭鉱経営企業である三菱鉱業は671名という犠牲者数を公表しているが、当時の新聞報道や各種の記録・証言はさまざまな数字を示しており、その実態は掴みづらい。著者は、当時の出炭量や出勤坑夫数を詳しく調査し、それらの数字を元に1,000名以上の犠牲者が出たと結論づけており、この数字は地域の古老の言い伝えとも合致するものである。

 そして、公表された犠牲者数と実態の数が乖離した原因として考えられるのは、@第一次大戦による増産の中で、炭鉱側は生産を上げるべく坑夫集めに狂奔し、人員管理が極めてずさんになっていたこと、A姓名や年齢や本籍を偽らなければならなかった坑夫や、文盲で正確な文字を知らなかった坑夫など、入坑者名簿が不正確な者が多数存在し、これらの者が死者数にカウントされなかった可能性があること、B当時は1,000名以上の死者を出すと炭鉱が閉鎖させられるとの風説があり、会社側もこの点を危惧していたこと、等が挙げられている。真相はもはや闇の中であるが、本書中に示された著者の推論は、相応の説得力を持つもののように思えた。

 なお、著者が本書の執筆を行った時点で、事故から既に60年以上が経過しており、当時の実情を知る人も減り、記憶の風化も進みつつあった。そうした状況の中で、著者は上述のような点も含めて事故の実態を調査し、その詳細を本書によって後世に残している。このような記録者としての著者の業績は、たとえ目立たないものであるとしても、高く評価されるべきものであろう。

posted by A at 18:17| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする