2018年11月04日

【本】高桑信一「山の仕事、山の暮らし」

「山の仕事、山の暮らし」 高桑信一/ヤマケイ文庫/2014年
(初版は、2002年につり人社から刊行)

 山の仕事で生計を立て、山とともに生きる人々の姿を描いた本。

 ゼンマイ採り、山椒魚採り、狩猟、蜂飼い、ワカン作り、炭焼き、漆掻き、天然氷作りなど、山の仕事に携わる人々の暮らしを記録した本である。本格的な登山を趣味とする著者が、その過程で出会った山人たちと、酒を酌み交わすような親しい関係を築きながら、彼らの人となりや人生を丁寧に描いている。現代では消滅しかかったものも含め、さまざまな山の仕事をすくい上げ、丹念に記録した本書は、民俗学的にも高い価値を持つ一冊であろう。

 本書の中では、著者が山の仕事に関心を持つきっかけになった、只見のゼンマイ採りを扱った数編が印象に残った。奥只見の谷に魅かれて沢登りを続けてきた著者は、山中で見かける、ゼンマイ採りの粗末な無人小屋に興味を持ち、次第にその小屋の主に会いたいと願うようになる。こうした心情を、著者は以下のように綴っている。

「ゼンマイ採りには帰り山と泊まり山の二態がある。帰り山は日帰りのゼンマイ採りで、泊まり山は山中に小屋掛けしてゼンマイを採り、製品に仕上げてからこれを下ろす形態をいう。
 私の興味はひたすら泊まり山にあった。彼らはこの国に残された数少ない山びとだったからである。そこには文明はなかったが文化があった。私たちが見失ってしまった自然との揺るぎない原点があった。(中略)
 現代にあって彼らは好んで簡素な生活を営んでいた。ラジオが日々の暮らしを慰める唯一の文明で、夜はランプを灯し、煮炊きやゼンマイを茹でるのにも払い下げられたブナを用いていた。便利な生活を求めて物資を持ち上げるのではなく、山で暮らすためになにが必要なのかを、山との調和のなかに求めていく暮らしぶりだった。
 私は彼らとの出会いを、里に家を訪ねるのではなく、山中に求めてきた。ゼンマイ小屋でくつろぎながら私たちを招き入れる彼らには、なんの警戒も構えもなかったからである。そこには、自然によって磨かれた無垢な山びとがいた」

 このようなゼンマイ採りたちと著者との交錯は、あるときはドラマチックなすれ違いとなったり、またあるときは、素朴な暮らしを営む人々特有の温かさをもって迎え入れられたりしている。本書のあとがきによれば、著者がこうしたゼンマイ採りの取材を行っていた1993年当時、まだ十軒近く残っていた只見のゼンマイ小屋は、その3年後には流域から消えてしまったそうである。本書に収められたゼンマイ採りたちの姿は、結果的に、長い伝統の最後の一瞬となったものであり、貴重な記録と言えるだろう。

posted by A at 13:01| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする