2018年10月08日

【本】祐嶋繁一「秘境・南アルプス深南部 逡巡山行記」

「秘境・南アルプス深南部 逡巡山行記」 祐嶋繁一/山と渓谷社/2015年

 南アルプス深南部というマイナーな山域に通い続けた著者が、その登山記録の中から印象的なものをピックアップしてまとめた本。

 1994年から2014年までの21年間で、実に412回の登山を行い、そのうち207回が南アルプス深南部への訪問だったという著者の山行記録集である。まともに登山道もなく、他の登山者にさえ出会わないような原生林の山々を、ただ一人、あるいは気心の知れた仲間と二人だけで歩き続けた記録は、山歩きを趣味とする人にとっては実に興味深い内容である。こうした意欲的な登山を行ってきた著者が、後に静岡エフエム放送の社長・会長という要職を務めている事実も、また驚かされるものである。

 この南アルプス深南部という地域について、著者は、本書の中で以下のような印象を述べている。

「深南部を一言で表現すると、『地味で静かな山域』だ。それはこの山域の置かれた位置によるものだろう。首都圏や関西圏はもちろん、距離的にはそれほど遠くはない中京圏からも、地図で見た以上にアプローチが面倒である。日帰り登山の場合はコースが制限されるし、泊まりの場合は山小屋がないのでテント泊にならざるを得ないことも影響している。高山の花に出会うことも少ない。ともかく地味で渋い山域である。
 ルートは踏み跡が不明瞭なところも多く、はっきりとした尾根歩きならともかく、広い稜線や下りルートでのあいまいな分岐では、ルート選択に相当の注意を要する。また、分岐等の標識はほとんどなく、2万5000分の1地形図、コンパス、高度計の携帯は必須で、常に自分の歩いている位置を把握していることが絶対条件となる」

 このような山域であることから、そもそも南アルプス深南部をメインに取り上げた書籍は珍しく、近年では、永野敏夫氏の著作などごく少数のものに限られている。そうした事情からか、本書の内容も、ルートの様子や所要時間など、登山の参考となるような情報の紹介に重点が置かれている観があり、やや業務的なレポートのような印象もないわけではない。ただ、後に続く登山者にとっては、それこそが貴重な記録であることは言を俟たない。本書に収録された山行記は大変稀少で、かつ実用的なものであり、これを自費出版で世に出した著者の労苦は高く評価されるべきであろう。

 ちなみに私自身は、テント泊装備を担いで、畑薙から茶臼岳(2,604m)、易老渡から光岳(2,592m)に登ったことがある程度で、深南部の核心の山々を歩いた経験は全くない。学生の頃からずっと、この静かな山域を憧れにしているのだが、仕事の多忙さや距離の遠さ、技術の未熟さを言い訳にして、長い間先送りにしたままになっている。本書を読み返しながら、いつかは深南部の山々をじっくり歩いてみたいものだと願っている。

posted by A at 21:33| 本(登山、旅) | 更新情報をチェックする