2018年09月29日

日本陸軍の軍司令官・参謀長人事に関する雑感

 前回の記事を書くに当たり、広中一成氏の著書「牟田口廉也 「愚将」はいかにして生み出されたのか」(星海社新書)を読んだ。同書の中では、河辺正三・ビルマ方面軍司令官と牟田口廉也・第15軍司令官の関係などについて考察が行われているが、太平洋戦争当時の日本陸軍の軍司令官・参謀長人事について、個人的に気になったことを書き留めておきたい。

1 軍司令官人事について
 陸軍の軍司令官人事では、「一度組んだコンビをもう一度組ませる」という例は時々見られる。例えば、

・今村均と加藤鑰平(第23軍司令官と参謀長、のち第8方面軍司令官と参謀長)
・山下奉文と鈴木宗作(第25軍司令官と参謀長、のち第14方面軍司令官と第35軍司令官)
・阿南惟幾と豊嶋房太郎(第11軍司令官と第3師団長、のち第2方面軍司令官と第2軍司令官)
・河辺正三と牟田口廉也(支那駐屯歩兵旅団長と連隊長、のちビルマ方面軍司令官と第15軍司令官)

などが挙げられるだろう。

 このうち、今村と加藤の例は、両者の仲も良好で、見事な実績(終戦までラバウル防衛)を残している。また、山下と鈴木の例は、1回目は大勝、2回目は大敗に終わったが、2回目に関しては、誰がやってもこの結果は避けられなかったものと思われ、人事としての評価は難しい面がある。

 これらに対して、阿南と豊嶋の例は、そもそも1回目からして大失敗(第二次長沙作戦)であり、なぜもう一度、しかも濠北という重要方面でコンビを組ませたのか、かなり理解に苦しむ人事である。案の定、2回目の西部ニューギニア戦線でも、阿南の行き過ぎた積極性に引きずられる形で、松山支隊のホーランジア派遣(注:約4万の米軍が上陸したホーランジア奪回のため、サルミから、歩兵2個大隊基幹の松山支隊を派遣しようとした事例。サルミ−ホーランジア間は約400km)という誤判断が行われている。

 この松山支隊の派遣については、現場の第36師団が反対していたこと、参謀本部(次長)や南方軍(総参謀長)も反対していたこと、にもかかわらず阿南が強硬に実施を主張したこと、阿南の主張を尊重する形で寺内寿一・南方軍総司令官が作戦を承認したことなど、インパール作戦と類似した構図が見られる。こうした意思決定過程の詳細は、戦史叢書「豪北方面陸軍作戦」に記録されているが、阿南が参謀総長指示や南方軍命令に従わない意向を示す電報を発し、大本営から叱責電を受けるなど、インパール作戦の承認過程よりも問題のある点さえ見受けられる。

 松山支隊の事例が、後世において目立った批判の対象になっていないのは、インパール作戦よりも小規模で目立たないこと、作戦開始直後にサルミにも米軍が上陸したため問題が顕在化しなかったこと(松山支隊が袋の鼠になり、かつ、兵力の手薄なサルミを失陥するような最悪の事態に至らなかったこと)、そして、阿南本人の人格のためであろう。あくまで個人的な心情論として言うならば、終戦時の阿南の身の処し方のことなどを考えると、(牟田口と異なり)阿南の責任を追及する気にはなれない部分がある。
 ただ、河辺と牟田口という人事の失敗例について、学問的な視点から研究するのであれば、阿南と豊嶋の組合せについても掘り下げ、その共通点を抽出することは、一つのアプローチになるのではないかと思われる。


2 軍参謀長人事について
 また、陸軍の人事に関しては、担当する戦域で不足している要素を、軍参謀長人事で補おうとする「癖」があるように見受けられる(こうした傾向の存在については、過去にも何かの本で触れられていた記憶がある)。
 私見として挙げるならば、以下の例が該当し得るだろう。

・上陸作戦を行うマレー(第25軍)では、運輸畑(参謀本部第3部長)の経験がある鈴木宗作
・地形複雑で移動困難な東部ニューギニア(第18軍)では、工兵出身の吉原矩
・航空主体の防衛戦が想定される西部ニューギニア(第2軍)では、航空兵出身(転科)の藤塚止戈夫
・兵站が不安視される北ビルマ(第15軍)では、輜重兵出身の小畑信良
・逆上陸作戦が想定される千島(第27軍。海上機動旅団2個が配属)では、参本船舶課長などを務めた鈴木敬司
・フランス植民地政府との軍事・経済協力が求められるインドシナ(第38軍)では、フランス駐在と陸軍派遣学生(東京帝大法学部政治学科)の経験がある河村参郎

 これらのうち、失敗だったと評価せざるを得ないのは、そもそも軍司令官と参謀長個人の能力に疑問符が付く第2軍(一例として、イドレ死の行軍)と、軍司令官と参謀長の相性が最悪だった第15軍であろう。参謀長の専門分野に着目して人事を行っても、その他の要因により上手くいかない場合があることを示す例であり、人事の難しさを物語るものと言えるだろう。

posted by A at 10:30| 戦史探訪(日本軍) | 更新情報をチェックする