2014年09月13日

【本】「廃線跡懐想 北海道編」

「廃線跡懐想 北海道編」 宮脇俊三(巻頭紀行)ほか/JTB/2002年

 北海道各地に残る、廃線跡や鉄道遺構の姿を収録した写真集である。現地を訪ね、廃線跡の現状を調べたライター達の訪問記も掲載されていて、読み物としても非常に面白い。刊行から既に十数年が経過しているため、本書で取り上げられた遺構の中には、もう撤去されてしまったり、自然の中で朽ち果ててしまったものも少なくないのではないかと思う。

 本書の中の美幸線の項には、以下のような記述がある。

「明治初期、鉄道は都会と港、炭鉱と港を結ぶ所に建設されていった。やがて日本列島の骨格のように線路をのばし、さらにその幹線から毛細血管状に支線が列島を覆う。美幸線もそんな細い血管の一つだった。しかし、美深から北見枝幸までの鉄道はあまりにもスタートが遅すぎた。美深〜仁宇布の開業が昭和39年。その先も工事は続けられたが、部分開業した美幸線自体「日本一の赤字線」として有名になる結果となった。すでにその命脈は尽きていたのだ。美幸線の廃止は昭和60年。完成が近かったコンクリートの路盤はここでも自然の中に果てようとしている。」

 本書に登場する数々の廃線跡も、明治以来の北海道開拓の潮流が辿りついた結末の一つなのかもしれない。本書表紙のタウシュベツ橋梁や、ヒグマが棲む森の中に放棄された名羽線のコンクリート橋、今にも崩れ落ちそうな天北線の廃駅舎などの姿を見ると、先人たちが描いた僻地開拓の夢の末路を、まざまざと見せつけられるようで寂しい。

 それにしても、廃線跡や廃墟のような崩壊の途上にあるものは、どうしてこれほど不思議な美しさを宿すのだろうか。草に埋もれて錆びついた線路や、森の中に無機質な残骸をさらす橋梁などは、どれも神秘的な魅力と形容しがたい懐かしさを放ってやまない。ある物が失われようとする時ほど、その価値が強く再認識される、ということなのだろうか。