2013年12月07日

【本】尾川正二「戦争 虚構と真実」

「戦争 虚構と真実」 尾川正二/光人社NF文庫/2013年
(単行本は、2000年に光人社から刊行)

 一兵士として東部ニューギニア戦線を生き抜いた著者が、自らの体験を踏まえつつ、太平洋戦争に関するジャーナリズムの「嘘」を検証する本。

 「極限の中の人間」でニューギニア戦の経験を著し、第1回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した著者による、ジャーナリズムのあり方を問う一書である。北支戦線・ニューギニア戦線における自身の過酷な戦争体験を踏まえながら、戦後巷間に流布する戦争報道を一つひとつ取り上げ、その虚構性を丹念に暴露している。著者が80代になってからの著作のせいか、論旨がやや分かりにくい部分もなくはないが、浩瀚な教養を背景とした丁寧な記述は、読む者の襟を正させるものである。

 著者は、特に戦後五十年前後を経て、実体験に基づかないいい加減な報道が増えてきた事実を深く憂えている。例えば、本書の第十二章「奇怪な流言」に、以下のような文章がある(一部抄録)。

「一九九七年夏以降、奇怪としかいえないような流言を聞くようになった。<旧日本軍、パプア・ニューギニアにおいて、原住民を殺害、これを食せり>というのである。現地に三年いて聞いたこともなく、その後、半世紀以上も話題になったことすらない。まったく突然のことである。その発端は、八月十四日「朝日新聞」神奈川版の「ニューギニアの人々にとって、あの戦争は」という記事だった。(中略)
 …異常な記事が、十月十七日発行の『週刊朝日』に掲載されているのが、コピーで送られてきた。題して「ニューギニアで旧日本兵が行った残虐」という。形容を絶する特異な内容――当時を知るものには、まったくの虚構――だが、『森と魚と激戦地』を下敷きにしたものらしい。一緒に取材にも行っている。
 戦争を体験している、体験していないは、学問的研究において何の意味もない。だが、これほど偏向した、客観性のない非現実的な記述をみると、戦争の実態を知らないと、こんな不毛な思考形態しか生み出せないのかという思いに駆られる。
 「激戦地」と書きながら、内実を知らない。日本で得た資料も、自分の都合のいいようにつまみ食いの引用をし、全体の文脈をみようとしない。みえないのかもしれない。読解力が疑われもする。六千の兵員が、百名になった戦場がどんなものであったか想像もつかぬらしい。想像力の欠如も感じられる。誹謗のことばはあっても、哀悼のことばはない。(中略)
 「語りえないことについては沈黙すべきである」(ヴィトゲンシュタイン)という有名なことばは、当然の命題である。正確な報道のためには、情報源を、記者自身を、繰り返し問い直し、検証しなければならぬ。「信じがたい」ならば、検討すべきである。「信じがたい」といいながら公表すること自体、許されることではない」

 個人的に、ジャーナリズムにおいて、誤った報道というものはどうしても避けえないものだろうと思う。記者の調査が十分に行き届かなかった場合もあるだろうし、記事を発表後、新たな事実が判明する場合もあるだろう。ただ、明らかに事実に反する報道を行ったり、客観的事実から距離のあるような報道を続けたりした場合には、当然その経緯を十分に検証し、きちんと訂正を行うべきではないだろうか。さもないと、その報道機関やジャーナリスト自身が信用を失い、何を言っても耳を傾けてもらえない存在になるのではないかと思う。

posted by A at 19:17| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする