2010年06月06日

【本】宮崎市定「科挙」

「科挙」 宮崎市定/中公新書/1963年

 中国の科挙制度の概要や、受験者の悲喜こもごものエピソード、科挙制度が社会に及ぼした影響などを、中国史の専門家である著者が一般読者向けに分かりやすく著した本。

 中国史の大家、宮崎市定教授による古典的名著である。科挙の内容や、この官吏登用試験がもたらしたさまざまな社会的作用が分かりやすくまとめられていて、刊行から50年近くを経た今も、本書の面白さは全く色褪せていない。

 それにしても、科挙は受験者に恐るべき負担を課す制度である。地方政府レベルから中央に至るまで何度も何度も試験を繰り返し、答案作成にも、意味があるとは思えない形式的かつ致命的な制約が多々課せられている。このような科挙制度の実態を見ると、科挙とは受験者の学識を測るものではなく、その運と精神力、そして受験者をバックアップする財力を試すための関門だったのではないか、とさえ思えてくる。

 科挙というペーパーテストが、隋の時代から千数百年を経ても依然存在しつづけ、形を変えながら洋の東西で幅広く採用されるに至ったのは、これが身分を問わず優秀な人材を登用するに有益な手段であり、また、これに代わる適当な手段がなかったためだろう。しかし、受験者の事務処理能力や記憶力程度しか測り得ないペーパーテストの順位が、組織内の出世を決める指標にまでなってきたという事実は、考えてみれば奇妙な話である。日本においても、旧陸海軍やかつての行政官僚組織にそのような慣習があったと聞くが、新規採用者に初めから一定の順位付けをしておくことで、官僚組織内の権力争いを軽減する狙いがあったのだろうか。

 ともあれ、デスクワークと事務処理能力に長けた「受験秀才」を抜擢したところで、これらの人材が大きな局面に対して巨視的な対応を行えるかどうかは、また別の問題であろう。陸大出の佐官級の参謀が近視眼的な軍事戦略と社会統制を主導し、結果的に国を破滅に追い込んだ旧日本陸軍の事例は、受験秀才による国家運営の失敗例の一つと言えるのではないか。「能吏型」の人間のほかに、大局観を持つ優れた人材をどのような方法で選抜するかというテーマは、過去も今も変わらず存在しつづける難題であるように思われる。

posted by A at 22:03| 本(新書) | 更新情報をチェックする