2009年08月06日

【本】後藤正治「人物ノンフィクションU 表現者の航跡」

「人物ノンフィクションU 表現者の航跡」 後藤正治/岩波現代文庫/2009年

 作家やアーティストなどの「表現者」たちが現在の地位を獲得するまでの、下積みの時代、背景、活動の舞台裏などを追ったノンフィクション。取り上げられる人物は、オノ・ヨーコ、北方謙三、国谷裕子、皇太子徳仁、内田樹、高樹のぶ子、森毅の7名。それぞれ、過去に「AERA」「文藝春秋」に掲載された記事を、大幅に加筆・修正したもの。

 いずれも個性的で、よく考えると当人自身はあまり取材の対象になってこなかった人々に焦点を当てたノンフィクションである。特に皇太子に関する一編は、7人中唯一本人へのインタビューは行えていないが、実に丹念に周辺への取材を行い、ともすれば厚いベールの陰に隠されがちな皇太子個人の実像を明らかにした秀作と言える。

 どの人物もそれぞれ魅力に富み、読んでいて興味を惹かれるが、ここでは国谷裕子について詳しく取り上げてみる。1993年以降、長きにわたってNHK「クローズアップ現代」のキャスターを務める彼女だが、そこに至る経過は決して平坦なものではなかった。銀行員の子女として生まれた彼女は、父の転勤に伴って日米各地を転々とし、文化的な摩擦も経験しながら、最後は米国東部の名門ブラウン大学を卒業する。卒業論文は「広田弘毅時代の日米関係」。長く海外で育ちながら、常に前に出てものを言う型ではない「日本人タイプ」の人間であり、また、目の前にあるものを器用に処理して前に進むことは苦手な、「深いところでの不器用さ」を自分自身に感じていたという。

 大学卒業後、仕事をしたり、「自分探し」の一人旅をしたり、弁護士の夫と結婚して主婦業に専念したりした時期を経た後、かつて英語放送の仕事に携わったことのあったNHKから声が掛かり、三十歳で黎明期のNHK衛星放送のキャスターを始める。その後、挫折や下積みの経験を経て、93年4月、36歳で「クローズアップ現代」のキャスターに抜擢される。以後、山のような資料の読み込み、スタッフとの議論、多数の著名人へのインタビューなどの膨大な努力を積み重ねて、さまざまなテーマに切り込む「クローズアップ現代」は現在に至るまで続く長寿番組となった。

 そんな国谷について、著者は言う。「小さな変化はありつつも、一日一日、身を削るように生きてきた。プロの仕事人は疲れを自覚しつつ、また一歩、高みへ登り詰めていかんとする存在であるとするなら、彼女もまたそのような人である」。ノンフィクションの名手である著者は、今作でも、それぞれの取材対象を鋭く、そして温かい目で見つめている。

posted by A at 00:01| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする