2009年06月19日

【本】秦郁彦「南京事件 増補版」

「南京事件 増補版」 秦郁彦/中公新書/2007年

 1937年に発生した、いわゆる「南京事件」について、多岐にわたる資料を基に真相の解明を目指した一書。1986年に刊行された初版に、その後の論争の経緯を整理した「南京事件論争史」を追加している。

 発生から70年以上を経た現在でもなお議論が絶えない、いわゆる「南京事件」の実態を追究した本である。関係当事国間で大きな見解の相違があるこの「事件」について、著者は、日本陸軍の戦闘詳報や参加将兵の日記・証言などを詳細に調査し、緻密で冷静な検証を試みている。本書に示された具体的な分析を踏まえる限り、「事件」の犠牲者数に関する著者の推定は、おおむね妥当なものではないかと思える。

 また、本書の第八章「蛮行の構造」では、この「事件」が発生した背景について、兵士の集団心理に焦点を当てて解析を試みている。「南京攻略戦には納得できる戦闘目的がなく、故郷へ帰還する期待を裏切られ、苦戦を予期した兵士たちは自暴自棄的な心境になった」、「追撃戦が急だったため、弾薬、食糧の補給が追いつかず、兵士たちは徴発という名目の略奪で空腹をしのぎ、幹部も黙認した」などの理由は、著者が収集した当時の将兵の証言などに照らしても、的外れなものではないように思われる。

 ただ、この「事件」に関しては、一方の当事国が、「犠牲者数30万」という具体的な根拠に欠ける数字を掲げ、これを内政・外交上のプロパガンダに積極的に活用している現状にある。このような確信犯的な戦略への感情的な反発から、もう一方の当事国において、「そもそも南京事件など存在しなかった」という主張が幅広い支持・共感を集めることは、ある意味では避けられない流れなのではないかと思う。


(補記)
 ところで、この本の趣旨には全然関係ない話だが、本書巻末の日本軍組織図を見ると、南京攻略戦に佐官として関わり、その後太平洋戦争で将官としてニューギニア戦線を戦った将校が意外に多い。安達二十三(歩兵第12連隊長)、吉原矩(第13師団参謀)、中井増太郎(第114師団参謀)、川久保鎮馬(第9師団参謀)、青津喜久太郎(第13師団参謀)、西部ニューギニアでは田上八郎(歩兵第34連隊長)がおり、また巻末組織図には記載されていないが、深堀游亀(中支那方面軍報道部長)もそうである。単なる偶然に過ぎないのだろうけれど。

(2016.5.28改稿)


posted by A at 23:58| 本(新書) | 更新情報をチェックする