2009年02月02日

【本】佐藤清彦「土壇場における人間の研究 〜ニューギニア闇の戦跡〜」

「土壇場における人間の研究 〜ニューギニア闇の戦跡〜」 佐藤清彦/芙蓉書房出版/2003年

 「ジャワの極楽、ビルマの地獄、生きて帰れぬニューギニア」

 太平洋戦争中、南方に出征する兵士たちの間では、このような戯言が交わされたのだそうだ。ついに終戦まで連合軍の上陸がなかったジャワはともかく、インパール作戦を始め、フーコン・雲南戦線、盤作戦、シッタン渡河作戦と苛烈な戦いが続いたビルマ戦線は、確かに「地獄」の名に値するものだったと言えるだろう。

 では、そのビルマよりも悲惨さで上位におかれたニューギニアは、一体どのような戦場だったのだろうか。今日、ニューギニアでの戦いの模様は世間に広く知られているとは言いがたい。そもそも、ニューギニアを舞台に日本軍と連合軍が戦ったという事実自体が忘れ去られつつあると言ってよいかもしれない。

 昭和17年以来、日本軍は東部ニューギニア戦線に、実に16万もの将兵や軍属を投入した。しかし、この戦域を担当した第18軍は、圧倒的に優勢な連合軍と極めて劣悪な環境を前に苦戦を続け、途中からは食料や武器弾薬の補給も断たれ、ほぼ全滅を目前にした状態で昭和20年8月を迎えた。凄惨な戦場を生き延び、かろうじて日本に生還することができた者は、わずか1万名だったという。

 そして戦後、この地域で蒐集できた遺骨は3万数千柱。戦中、若干の敗残部隊や傷病兵が島から撤退し得たとしても、まだ幾万もの若い日本人が、この島に眠ったままでいる計算になる。痛惜哀悼の念に堪えない。

 本書は、このようなニューギニア戦線のさまざまな逸話を集めた本である。敵に追われ、食料も尽き、飢餓と病に冒された極限の状況で、鉄の規律を誇った日本軍はどのような姿を見せたのか。生きている友軍兵士を殺して物資を強奪する話。強奪どころか「食料」として同じ日本兵を殺す話。人肉食にまつわる多数の証言を読むと、人間が共食いを禁忌としている理由がよく分かる。つまり、一度人肉食を犯した者は、その行為に抵抗がなくなり、それを止めることをしなくなるのだ。友軍を殺して食べることにためらいがなくなった人間の行き着く運命は一つしかない。この本には、軍により処刑された将兵の話がいくつも出てくる。

 また、ニューギニア戦末期には、日本軍にとって禁断であったはずの部隊単位の降伏も発生した。昭和20年5月3日、陸幼・陸士出身の生え抜き将校であった竹永正治中佐率いる歩兵第239連隊第2大隊が豪軍に降伏している(いわゆる竹永事件。もっとも、一個大隊といっても既に42名しか生き残っていなかったのだが)。また、この竹永大隊の投降が契機となったのか、終戦までの間に、大尉を長とした二個中隊(いずれも十数名)の降伏も生じている。この項を書くに当たり、竹永大隊員の生存者を一人一人追っていく著者の執念には凄まじいものがある。

 このほか、ホーランジアからサルミへの撤退部隊と第36師団(雪兵団)との「皇軍相撃」の危機、安達二十三第18軍司令官の最期、ニューギニアに出征したオリンピック選手・北本正路中尉や小畑耕一中尉の活動、戦前の流行歌手上原敏の消息と最期など、ニューギニア戦線で起きたさまざまな出来事が幅広く収録されている。知れば知るほど救いのない過酷な戦場であったことが明らかになるが、こうした悲惨な戦いを繰り返さないためにも、我々はこの戦争のことをもっと詳しく知っておくべきなのかもしれない。

posted by A at 00:15| 本(戦記) | 更新情報をチェックする