2017年12月16日

【本】高橋英利「オウムからの帰還」

「オウムからの帰還」 高橋英利/草思社文庫/2012年
(初版は、1996年に草思社から刊行)

 学生時代にオウム真理教に入信し、のちに出家した信者が、やがて教団に疑問を持つようになり、なかば強引に脱会するまでの過程を描いた本。

 著者は、1995年3月に地下鉄サリン事件が発生した後、テレビ朝日「ニュースステーション」などに実名と顔をさらして出演し、オウム真理教の実態を赤裸々に証言した人物である。そうした大胆な証言者である著者が、自らのオウム信者としての遍歴を、生々しく詳述したのが本書である。

 大学生時代に、青年期特有の形而上学的な悩みや、研究の行き詰まりなどから鬱状態に陥っていた著者は、ある日、自らの通う大学で開かれた麻原彰晃の講演会を聞きに行く。そして、講演会後に熱心に勧誘してきた井上嘉浩に説得され、衝動的にオウム真理教に入信する。その後、一時オウムを離れたものの、大学院生時代にふたたび精神状態が悪化してオウムに復帰。最後には、とうとう出家信者としての道を選んでしまう。著者の人生選択は、結局のところ最悪のものだったと言うほかないのだけれど、生真面目で突き詰めて考える性格の著者だからこそ、かえってこうしたカルトに絡め取られてしまったのかな、と思えた。

 そして、著者は山梨県上九一色村の教団施設(サティアン)で修行生活を送ることになるが、やがて教団の組織管理のルーズさや秘密主義に疑問を抱くようになり、そのことを幹部からも警戒されるようになる。カルト宗教の信者というものは、自ら考えることを放棄して、すっかり従順になってしまったような人々だというイメージを持っていたけれど、著者は、他の出家信者たちよりも芯の強い人だったようである。このような著者に対して、オウムの幹部たちがどのような指導を行ったのか、一例を本書から引用する。

「・・・誰かがヴァジラベルというベルを『チリーン』と鳴らしながら僕のまわりを歩きまわる。そして恐ろしげな声でささやくのだ。
『お前は修行がなっていない!』
 飯田さん(注:飯田エリ子)だった。それに続いてほかの人(注:新實智光など)も恐ろしげな声を出して、僕の修行態度の至らない点をあれこれとつつきはじめるのである。(中略)
 だけど僕はいま、教団のやり方に大きな疑問を持っているのだ。こんな子供だましのようなものに付き合っていられなかった。僕のほうから議論をふっかけていった。
 サティアンがあまりにも汚いこと、管理運営のやり方があまりにも粗雑すぎること、それらは要は出家サマナたちの心がまだ汚れたままであることの証拠ではないのか。
 彼らは必死になって、それはお前の修行が・・・とか、お前はプライドが高すぎて・・・などとオウムの常套文句で僕の攻撃をかわそうとするが、僕はひるまなかった。僕の指摘は的を射ていたらしく、飯田さんなどはしまいに普通の声になっていた。
『でもね高橋君、そうは言ってもね、グルに従うしかないのよ。私たちは』
 僕は彼女を問い詰めた。
『グルに従うというけど、じゃあグルが何をしようとしているのか、わかっているんですか』
 それに対して彼女はこう答えたのだ。
『私たちにもうかがい知れない人なのよ・・・』
 気弱な泣き言のような言い方だった」

 こうした会話を見て、著者はずいぶん骨のある方だなという印象を受けた。信者のリンチ・殺害事件が続いていたこの時期に、このような率直な振る舞いをすれば、一歩間違えば著者自身の命を危うくしていたことだろう。本書を読む限りでは、著者による井上嘉浩の人物評価は一面的で甘すぎるとしか思えず、また、著者自身のオウム信者時代に対する総括も、あまり核心に至っていないように感じられた。ただ、上記のようなやり取りからうかがわれる著者の気骨や行動力が、やがて力ずくの脱会やテレビ出演、本書の執筆などにつながり、教団の実像の一端を明らかにしたことは確かだろうし、そうした点は率直に評価すべきものではないかと思った。


posted by A at 20:12| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする