2016年05月21日

【本】遠藤ケイ「熊を殺すと雨が降る」

「熊を殺すと雨が降る 失われゆく山の民俗」 遠藤ケイ/ちくま文庫/2006年
(単行本は1992年に岩波書店から刊行、2002年に山と渓谷社から再刊)

 山に暮らす人々の生活様式を、「山の仕事」「山の猟法」「山の漁法」「山の食事」「山の禁忌」の5つのテーマに分けて詳述した本。

 山に生きる人々の暮らしを描いた、「山の民俗学」の集大成とも言うべき一冊である。著者自身が日本全国の山々を回り、実際に目の当たりにした山間の人々の生活ぶりや、独特な猟法・漁法、昔からの言い伝えなどを、克明なタッチの絵とともに詳細に書き残している。既に消滅してしまった山仕事や猟法なども多いと思われる現在、これらの記録は類稀なものであろう。

 この本のタイトルにもなっている、熊猟に関する記述にも大いに興味を惹かれたが、ここでは、山での労働に携わる人々の食事について触れてみたい。本書の第4章「山の食事」によれば、山で働く男たちは、メンパ(檜や杉の柾目板を楕円形に曲げて作った容器)の蓋と本体に、1升もの飯をぎゅうぎゅうに詰め、弁当として山に持って行くのだという。そして午前10時になると、まずメンパの蓋側の飯を、飯の中に詰めてきた梅干しや漬け物をおかずにして食べる。その次の食事は午後2時で、以下のようにして食べるのだそうだ。

「二度目の食事のときには、メンパの蓋があいているので、それで汁を作る。具は山で採取した岩菜(イワタバコ)やフキノトウ、セリ、ミツバ、タラの芽、アサツキなどの季節の山菜。ときに沢で捕った岩魚や山女を入れることもある。魚は、近くに沢があれば、作業の合間の半時ほどの休み時間に降りていって、手摑みで捕ってくる。
 魚は腹を裂いて内臓を抜き、串に刺して焼く。塩は使わず、素焼きにする。強火の遠火で、じっくり焼いて水分を抜く。生焼けで汁に入れると生臭みが残る。(中略)
 メンパの蓋にありあわせの山菜をちぎって入れ、素焼きにした魚を入れる。持参した味噌と乾燥ワカメを加え、沢で汲んだ水を注ぎ入れる。そうしておいて、焚き火の中で焼いた石をつまみ出して器の中に落とす。(中略)
 器の中の水は瞬時にして沸騰し、間欠泉のような熱湯を噴き上げる。火力が弱ければ石を二個、三個と入れる。強い火力で、一瞬のうちに煮えたぎらせた味噌汁は格別にうまい。味噌は煮つまらず、山菜も青さを失わずにシャキッとしている。岩魚や山女のダシが出て、一層味に深みを加える。
 煮えたぎった汁が喉を焼き、五臓六腑に染み渡る。冷えた飯をかき込み、汁をすすり、岩魚に頭からかぶりつく。体の内側からポカポカとぬくまってきて、額に汗が浮く。冷える山では、焚き火の火と白い飯、そして熱い汁が何よりのご馳走である」

 本書では、この他にも様々な山の食事が紹介されているが、どれも実に美味しそうである。このような独特な料理法も、林道が四通八達して山への物資の搬入が容易になったり、そもそも山仕事に従事する者が減ってきてしまった現代では、次第に廃れていくのは避けられないことなのだろう。これもやむを得ない変化なのだろうが、長年受け継がれてきた先人の知恵が失われるのは、やはり惜しい気がする。

posted by A at 21:00| 本(ノンフィクション) | 更新情報をチェックする