2009年07月03日

【本】八原博通「沖縄決戦 高級参謀の手記」

「沖縄決戦 高級参謀の手記」 八原博通/読売新聞社/1972年

 第32軍高級参謀として、太平洋戦争における沖縄戦の作戦を指導した著者が、戦いの経過を振り返った手記。

 冴えない飛行場設定軍としての第32軍の発足から、マリアナ失陥後の急速な兵力増強、大本営や第10方面軍の過度な干渉、第9師団の台湾抽出、繰り返される陣地変換、住民疎開の努力、米軍上陸後の戦闘経過、そして司令部の崩壊に至るまで、軍の中心にあった者しか知りえない沖縄戦の実相を率直に明らかにした本である。その分量も450ページ弱に及び、読み応えがある。

 第32軍の使命を「戦略持久」と心得ていた著者は、米軍上陸後、攻勢に逸る軍上層部とたびたび衝突を繰り返す。例えば、昭和20年5月4日に予定されていた総攻撃に強硬に反対する著者は、攻勢の決心を固めた牛島軍司令官からの説諭に対し、

 「私は失敗必定の攻撃の結果を思うと、つい憂鬱にならざるを得ません。今回の攻撃が成功するやに考える者が多いようですが、おそらく数万の将兵は、南上原の高地にも手をかけ得ず、幸地付近を血に染めて死んで行くでしょう。これは、無意味な自殺的攻撃に過ぎぬものと思います。しかし、すでに閣下が決心になったことでありますので、私としては、もちろん、その職責に鑑み、全力を尽くしております。」

と述べている。このような、あまりにも露骨な物言いをしていては、著者が軍内で次第に孤立していくのは当然であろう。著者は「悲運の参謀」などと呼ばれることがあるが、その原因の一端は、他ならぬ著者自身にあったと見ることもできるのではないか。

 しかし、こうした著者の気質は、一面では彼の美点でもある。著者は他人に対して仮借ない態度を取るところがあるが、それは作戦の成功を追求するあまりのものであり、言わば強烈な職人気質の表れのようなものだ。周囲の人間が次々に攻勢を叫ぶ中で、臆病と蔑まれながらも徹底して自分の主張を貫こうとする姿勢は、生半可には取り得るものではない。むしろ、展望のない持久戦や米軍の圧倒的な砲爆撃に耐え切れずに総攻撃を唱え出した者たちの方が、外見上は勇敢なようでいて、その本質は臆病であるか、あるいは戦いの先行きを見通す冷静な目を持っていなかったと言えるのではないだろうか。

 なお、著者と軍参謀長の長勇中将は、作戦方針やその人となりが対照的であったこともあり、鋭く対立したイメージが強い。しかし実際のところ、著者は長参謀長の人間性について少なからず好意的であり、また長参謀長の側も同じであったことが、本書の端々から見て取れる。自分にはない資質を互いに相手に認めていたのかもしれないが、こうした戦史の表面に表れにくい生の人間関係も、本書の興味深い部分の一つである。

(後日追記)
 本書については、作家の佐藤優氏(御母堂が沖縄戦に巻き込まれる)が、琉球新報のコラムで「沖縄人を物のごとく扱う姿勢に吐き気がする」という厳しい評価をされているようである。こうした見方があることも認識しておくべきものと思われるため、合わせて紹介しておく。


posted by A at 20:27| 本(戦記) | 更新情報をチェックする